アイ・ドール

「これも業界の慣習よ――――」


 いつの日か礼子さんが私に説明した――。


 こうする事で、こちらも、あちらも、面子が保たれるのだと――――。



 ヴィーラヴ対シフォン――――世紀の対決――メディアが過熱し、しばらく紙面や画面を賑わせた――――。



 世間の過剰な期待に反して、対決の結果はあっさりとしたものだった――。



 接戦などという、緊迫感もないまま、相当数の枚数、配信数の差をつけてのヴィーラヴの勝利に、僅差を予想し今後の両陣営の確執を期待したメディアや、そこで「造られた」妄想劇を心待ちにしていた世間の気が萎えた風景を、私は今でも覚えている――。




 シフォン失速――。


 世間が、メディアが公然と語り始めた――――。



 シフォンの「御機嫌」が芳しくない筈だ。


 番組内においても、年間シングル売上ランキングなるものを発表する企画において第2位だったシフォンをカメラは容赦なく、血が、臓器が煮え繰り返っているであろう本心を隠し、美しい容姿で表層的な笑顔を浮かべ、大衆に手を振る姿を存分に捕らえていた――。



 大衆を騙すのに余りある美貌で。

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