アイ・ドール

 社長の言っている「男」とは、逃げたマネージャーではなく、私の心の奥底に封じ込めている「あの男」の存在を見透かしてのものなのか――。

 まさか――――。

 いや、私の考え過ぎだ。社長は逃げたマネージャーの事を言っている――そうに違いない――。


「そ、そうですね――」


 慌てて私は同調した。あの、暗い過去を悟られない為に――。


「ふふっ――何を慌てているの舞さん。思い当たる事でもあるのかしら――」

「いいえ、別に――」


 少し動揺した声と目で取り繕い、社長を見た――――初めて逢った頃よりも若々しく、滑る様な肌艶、太陽の光を吸い込み、怪しく輝く髪としなやかな指先に、細く締まった足首――。


 この容姿と躰、卓越した頭脳でヴィーラヴを産み出し、巨額な利益を得る帝国を築き上げた――。

 その社長と「私」程度の分際が同じ土俵に上がって勝負しようなどと思ったのが間違っていたのだ。


 私の甘い見通し、煮え切らない態度。「あの男」の存在さえもちらつかせ、私の退路を断つ――器が違い過ぎる――。



 情けない――――。

 悔しい――――。

 致し方ない――――。

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