アイ・ドール
2―「涙」
今日も、「下の世界」は忙しなく時を刻んでいる――――。
アリスの香りと柔らかな感触も、慌ただしく菓子折りを用意し、「下の世界」でお世話になった人達にお別れの挨拶をした事など、遥か遠い出来事に思える――。
私のチーフマネージャー就任と時を同じく発売されたサードシングル――「好きなんかじゃない――愛してる」は、セール、配信共に好調を維持している。
私は、打ち合わせの為に社長室を訪れていた――殆んどの話を詰め終わった頃、「ふぅ――」と社長は息を吹いた――。
「どうかしたのですか――」
「ええ、ちょっとね――彼女達がまだ咲く以前の、アイドル氷河期の頃を思い出してね――」
「はぁ――」
「ふふっ――」
「社長――」
「少し、昔話をするわね――」
顔を窓辺へ向けながら言うと、記憶を丁寧に辿りながら社長は語り始めた――。
砂漠だった――。
かつて、この地に色鮮やかに咲き誇った花達は散り、後には何も咲かない枯れ果てた世界へと変わっていった。砂嵐が吹き、死が支配する不気味で寒々しい光景と、無音の時間だけが過ぎてゆく悲しい世界――――。