惣。

「穂群?」
屋上で振り返るのは穂群一人。

「惣…稽古は終わったのか?」

「うん…それ…都織の?」
手にした煙管に気付き惣が近付く。

「ああ…」

鼻を鳴らし惣が眉間に皺を寄せる。
「ん…?穂群…飲んだのか?」
辺りを見渡す惣が、空になった酒瓶と楽屋の湯呑みを見つけた。

「少しな…煙管の話を聞くためだ…」

「またか?何かに付けて昼間から飲んで…それも…こんな良い酒を」
転がり、空になった酒瓶を手に惣が怒る。

「酒豪な奴でな…」
少しだけ陰陽師の顔を覗かせる。

「…分かったのか?」

「ああ…」

「穂群…酒臭っ!」

「なっ…私は大して飲んでないぞ!」
空瓶と湯呑みを持った惣と煙管を抱えた穂群が屋上を後にする。


「都織の煙管には…元の持ち主である弦翁丈の姿をしたモノが宿っていた」
夕食の準備をする惣に穂群は告げる。

「そうなのか?都織…煙管から恨まれてるのか?」

「いや…」

弦翁に似た都織を、再び自分が傷付けてしまうのを恐れ姿を現した事を煙管は穂群に見せた。

「都織に連絡した方がいいよね?」
洗いかけの野菜を置いて惣が言う。

「ああ…頼む」

携帯電話を耳に当てた惣を横目に穂群はリビングを後にする。

「あ…都織?家か?今から来いよ…煙管の事で穂群が…」


オートロックのインターフォン越しに都織の声がする。

「悪い、穂群出てくれるか?」
キッチンで手の離せない惣に代わり、穂群がオートロックを開く。

「悪かったな…呼び出して」

「何か分かったのか?」
リビングに自分の煙管を見つけた都織が、惣に言われ持参した箱を穂群に渡す。

「ああ…煙管は都織を案じて姿を現していたのだ」

「俺を?どうして?」


穂群は、劇場の屋上での事を都織に聞かせる。
都織が弦翁に瓜二つである事。
この煙管が原因で弦翁が舞台に立てなくなった事。
そして…その原因を作ってしまったのが自分(煙管)だと言う事。

「じゃあ…俺の前に現れたのも?」

「ああ…煙管が弦翁の姿を借りたモノだ…」

「どうして…」
長い歳月を費やし、その時の状況が揃っているのだ。

同じ演目と役柄…
そして、自分(煙管)を舞台で使おうとする役者。

「都織…煙管はお前に弦翁の姿を重ねておる…」
静かに穂群が告げる。

「弦翁さんにか?」


♢♢♢
「お前は何故に弦翁の姿に?」
胡坐をかき、目の前で大吟醸の酒を煽る煙管に穂群が問う。

「私はただ…私が知っている一番美しい者になっただけ」
美しさを誇った、役者生命が短かいにも関わらず、絶世の女形と名高い先祖。
同じ道を歩む都織の艶っぽさと美しさに嫉妬するのは無理は無い。
そして…
誰一人、弦翁を実際に見た者現在には居ないのに、都織に浴びせる(弦翁再来)との声。


「そうか…ならば何故に稽古の邪魔や護符を?」
少しだけ厳しい口調で穂群が告げる。
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