惣。
「都織が雲の絶間姫か?」
「そうだよ…大役だろ?」
「ああ…弱々しい姫様よりも、この姫は観ていて楽しいな」
鳴神を色気で落とし、注連縄を断つ行動派の姫の役を都織は演じる。
「鳴神が分かりやすくて、言葉も難しくない…って理由で選ばれた演目だしな…確かに楽しめる」
搬入が終わったとの連絡があり、三人は楽屋入りする。
「惣君!」
声に振り返ったのは、もちろん名前を呼ばれた惣である。
「ああ…柱谷さん…」
「今からリハーサル?あ…お稽古?」
「そう。今回はボランティアスタッフなんだ?」
親し気に惣と柱谷が話す姿に振り返りもせず、穂群は都織と楽屋口へと進む。
「おい…穂群…良いのか?」
一番狼狽えているのは都織である。
「何がだ?柱谷さんだろ?惣と同学年の生徒だ…」
「知ってるのか?」
「まぁな…この大学で伝統芸能を専攻しておる」
「へぇ…だから黙認してるのか?」
都織が笑う。
「いや…顔見知りなのだ」
大学内のホールにしては整った設備を持つが楽屋の数が限られているだけに、眞絢と都織、惣は同部屋となった。
「悪いな…呼び止められちゃって…」
「お前、穂群の前で勇気あるな…」
「勇気?なんで?」
稽古着に着替えながら都織が笑う。
ナビゲーター役の惣は稽古に合わせて台本をチェックする為に客席から進行具合を確かめる。
「柱谷さん…だっけ?彼女、美人だよな」
「ん?ああ…最近の流行り顔?良く分からないけど目鼻立ちがはっきりしてる」
「ああ…柱谷さん?さっき見かけたよ。クールビューティーの穂群とは、また違った美人だよね?」
楽屋口には、スチール撮影を終えた鳴神の姿をした眞絢が立ち、くすくすと笑ながら続ける。
「都織…琴宮 高勢(ことみや たかせ)って知ってる?」
「琴宮?」
「琴宮…琴宮…」
「まぁ、知らなくて無理もないよね…柱谷さんはね、今は廃業しちゃった上方の女形役者の血筋だよ」
白粉を落としながら眞絢が言う。
「自宅には小道具や化粧箱が残っておって、それを見て育った彼女が伝統芸能に興味を持ち専攻するのも自然な事だ」
準備の様子を壁に持たれて見ていた穂群が付け加える。
「なぁ…惣!今、彼女はフリーか?」
突拍子もない事を惣に都織が振る。
「え?知らないよ…何?」
「いや…公演や巡業で少し連絡出来ないだけで怒る子よりさ…俺達の家業を理解出来る人だから…良いな…と…」
「確かにそうだよね…」
口火を切ったのは眞絢だった。
「眞絢さんも、そう思うの?」
「そうだね…理解は出来ると思うよ。彼女の弟さん…ウチの門下だからね」
「そちらもなかなかの美人…美しいぞ」
「そうなんだ?」
都織は驚く。
「だから…手出しちゃダメだよ!都織も負けない位に精進しようね」
ニッコリと眞絢がわらう。
「舞台までお願いします」
三人を呼びに来た青年が顔を出す。
「噂をすれば…だ…都織、彼が柱谷さんの弟だ」
「??」
話の見えない青年は目を瞬く。
「琴比良(ことひら)のお姉さんに会ったのだ」
くすくすと笑ながら穂群が告げる。
「そうなんですか?スタッフをするとかで張り切ってました」