惣。

「今なら…早く入れ…」
大学の構内には、まだサークルや運動部が立てている音や声が響く。
しかし、セット一式が運び込まれたホールに人は無く(忍び込む)という形で穂群と惣がフェンスを乗り越える。

「惣、詳しいな…こんな所に抜け道があるとは…」
手の汚れをはたき落としながら穂群が笑う。

「笑い事じゃないだろ?早く入って…」

「?ここは?」
入口はホールの楽屋口にあるシャワールームに繋がっていた。

「シャワールームのボイラー室だよ」

「どうして開いてる?」

惣が専攻する講義の中には、徹夜で交代制で行う観察がある。
「時間によっては、構内のシャワールームが閉まってたり、運動部の合宿で使えなかったりするから…」

「じゃあ…シャワールームを時間外に使う為?」

「そうだよ…ウチのゼミでは伝統の技なんだよ…まぁ、シャワールーム以外に忍び込むのは初めてだけど」

「大学とは妙な所だな…」
呆れた様子で穂群が後に続く。

舞台袖の照明のスイッチを惣は、手探りで探す。
眩しさに目を細めながら穂群の姿を見ている。

「何か感じるか?」
惣の声には答えずに、穂群は舞台全体を覗き始めた。
ビリビリと今にも音が聞こえて来そうに空気も穂群も張り詰めている。

「穂群?」
いつもと違う穂群を感じ、惣が声を出す。

「あっ…」
何かが弾ける様な音と共に、穂群が円を止める。

「大丈夫か?穂群!」
慌てて近づく。

「…護符を取ってくれ…」
振り向きもせずに、穂群が答えた。


「で…さっきのは…」
穂群が異変を感じ取った舞台セットの柱に、いつもとは違う護符を貼った。
それを黙って見守っていた惣がやっと口を開いたのは、再びシャワールームのボイラー室から外に出てからだった。

何時の間にか、構内の至る所を外灯が照らす時間になっていた。
「あれ…いつもの護符じゃないよね?」

「ああ…」

「ああ…じゃ分からないだろ?」

やっと、穂群が惣の方を見る。

「人の意識を感じた…」

「人?」

「正確には、人だったモノだろうか…」
静かに穂群が答えた。

「だった…モノ?」
穂群が人の意識を扱うケースは珍しい。

「それも…」
一息置いてから続ける。
「あんなに、邪心を感じないモノは初めてだった…」


♢♢♢

「…穂群!」
穂群が柱の意識を覗き始めると、惣の声は遠くに聞こえた。

「…お前は人か?」
穏やかな意識に邪さを感じない。

(…私が分かるのですか?)
直接、穂群の中に届くのは優しい声。

「ああ…姿を見せてくれぬか?」
同じ位に穏やかな声で穂群が答える。

(……)
返事は無い。

「どうした?」
顔を上げた穂群の前に、白い肌をした美しい男の姿があった。

その姿に息を飲む…。
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