惣。
「そうです…だから、兄様も一緒に鳴神上人に睨んでもらいましょ?」
♢♢♢
「じゃあ…その妹の思いが彼を柱に?」
見開いた瞳で惣が聞く。
「そうであろうな…」
「睨みと病気の関係は何だよ?」
惣は叶子の言葉に引っかかりを感じた。
「知らないの?はい、テーブル片してよ…」
メイン料理を運びながら眞絢が笑う。
「昔…流行り病が出ると、睨みが得意な役者に舞台から睨みを効かせて貰って、病を追い出そう…と言う触れ込みがあったのだ」
「一種のおまじないや験担ぎだよ」
今では簡単に治せる病で、命を落とす事が多かったからだ…と、
眞絢が笑う。
翌日、普段通りに通し稽古が行われた。
その様子を見守る惣を見つけた柱谷が声を掛ける。
「大変そうだね?」
「ああ…柱谷さん…そうだね舞台に立つ方が楽だよ」
「そうなんだ?」
「うん、多少、間違えても周りがフォローしてくれるから…ナビゲーターだと間違えたまま伝える訳には行かないからね」
「ふふふ…確かに」
笑う笑顔は、弟の琴比良にも似ている。
「ただいま…」
通し稽古を終え帰宅したリビングに穂群と眞絢の姿は無かった。
眞絢はテレビ番組の生放送に出演するためにテレビ局に向かい、大学のホールで別れた。
「穂群?」
穂群の部屋のドアを開けたが、部屋は暗い。
「なんだよ…居ないのか…」
いつもならば、穂群の式神として動くのは自分なのだが、今回ばかりは舞台に立たない惣には務める事が出来ない。
(そりゃ、俺より長く使役されてたんだろうけど…)
珍しく口に出して惣が呟く。
幼少の頃より、眞絢と穂群がモノ絡みの事を片付ける様子を見て来た。
(やっぱり、兄ちゃん位に頭が切れると楽なのかな?)
そんな事を考えながら、自室の広いベッドに倒れこむ。
(ん…)
しばらくして、薄ぼんやりと覚醒した頭で寝返りを打つ。
(寝てたのか…?)
隣には、添い寝して惣の台本を読んでいる穂群の姿がある。
「起きたか?」
「うん…穂群、何処に行ってたんだ?」
二時間程、眠っていた事を壁の時計で確認した。
「叶子ちゃんの事を柱谷さんに聞いていた」
「柱谷さんに?俺もホールで会ったよ」
「うむ…琴宮高瀬には子供は居ない事になっておるからな」
「なってる…って?」
♢♢♢
「……」
年端の行かない高瀬が、父であり、師匠である先代の部屋に呼ばれていた。
「父上…」
「まぁ…女遊びも芸の肥し…とは言うがな…相手が悪かったな…」
♢♢♢
「これが…香盤釘の記憶?」
「ああ…」
穂群は惣と横たわったままで、掌に乗せた香盤釘の記憶を見せた。
「叶子…って妹じゃないのか?」
「高瀬の娘だったのだな…」
起き上がった穂群が髪を整える。
♢♢♢
年の離れた妹として育った叶子は、高瀬の娘だった。
琴宮家の菩提寺である尼寺の尼…それが叶子の母親である。
(相手が悪かったな…)
父の一言が指す原因である。
「世起(よき)様が命がけで産んだのだ…」
父親は溜息を吐く。
「お前の妹として育てよう…」
高瀬の幼い頃にそっくりな美しい乳児に父親は目を細めた。
♢♢♢
「…相手は死産したのか?」
「ああ…柱谷さんと琴比良は、叶子と琴宮の子孫なのだ」
「穂群…どうするんだ?」
「考え所だな…この香盤釘には叶子の意思を感じる…」
溜息混じりに穂群が笑って見せる。
「じゃあ…」
「柱には高瀬の、香盤釘には叶子…それぞれの思いが重なったんだ」