惣。
「高瀬の意思ってのは、叶子ちゃんに本当の事を告げれなかったから?」
起き上がり伸びをしながら惣が聞く。
「そうだろうな…妹としてしか接せなかった心残りか?隔離された様な状態では抱き締めてやる事も出来ていないだろうを」
「うん…叶子ちゃんは?」
「幼いながらに高瀬がまた、香盤に釘を刺せる時が来る時を願ってたんだろう…楽屋口で役者が一番に行うのが香盤釘を刺す事なのを見ていたのだな」
「ふぅーん…叶子ちゃんも見つけて欲しかったのかな?」
「どうした?今日は事細かに話を聞きたがるな…」
惣には珍しい行動に穂群が気付く。
「別に…」
緩めてあったパンツのベルト穂群に背を向けて締めながら答える。
「…そうか…しかし…」
振り返った惣は、真っ直ぐな穂群の瞳に捉えられる。
「うん…ただ…」
その瞳に観念した様に惣は口を開く。
「兄ちゃんとの方が糸口が見つかるの早いな…息が合ってるな…って」
「…そんな事を考えていたのか?」
呆気に取られた様な顔穂群が見せる。
「そうだよ!」
照れた様に吐き捨てて惣が目を逸らす。
「眞絢は勘が良い…本人も認めている」
持ち前の勘で、先回りした考えで動くのが眞絢。
「モノの感に同調出来るのが惣だ…」
真っ直ぐな瞳は惣にだけ向けられる。
「なにそれ…」
思わず惣が笑う。
「物の心が分かる力を備えている」
「それ…良い事なのか?」
背中から抱き付き、腰に回された穂群の手に自分の手を重ねる。
「ああ…惣の名前の由来だ…」
「そっか…そんな由来だったんだ?じゃあ、成功させなきゃな…」
(ぶくぶく…)
翌日…本番を数時間後に控えた朝、惣は鼻下まで湯に浸かっていた。
(物の心が分かる…か…)
昨夜の穂群の言葉を反芻する。
(少しは…桜志郎じゃなくて、俺自身を見てくれてるのか?)
チラリと移した目線の先には、穂群の姿があった。
「なっ…穂群…急に開けるなよ!」
妙に慌てふためく惣とは反対に、落ち着いた穂群は言う。
「何を今更…呼んでも返事が無い故、開けたのだ…」
「なんだよ?」
生まれた時からの惣を知る穂群に慌てる。
「上がったの?」
眞絢が新聞を読みながらコーヒーを飲む。
「あ、うん…えっと…」
「穂群なら部屋、コーヒーならサーバー…打ち合わせ時間は昨日のまま変更は無いよ」
(持ち前の勘の良さ)を眞絢は発揮する。
「うん…ありがとう」
「穂群と何かあった?」
新聞をたたみながら笑う。
「いや…」
「そう?そろそろ出掛けられるか?」
三人は会場へと向かう。
惣だけでなく、眞絢も演目中にモノを扱うのは初めての試みとなった。