惣。

「はー…何か変な感じだな…」
楽屋で白粉を叩く眞絢と都織の姿を見ながら惣が笑う。

「緊張してるんだろ?」
鏡越しに都織が笑う。

「違うって…衣装を着けたり、白粉を叩いたりしないのに楽屋に居る…って事だよ」

他の会場で行う観賞教室では、惣も羽織袴で舞台上に現れるのだが、今回は大学のホール内であり、観客も大学生が多い。

「このホールでは私服で良いんだろ?」

「そうだけどさ…平服過ぎるだろ?一応はスーツ準備してるのに」
家を出た時の服でとの依頼を受けた惣が苦笑いをする。
白シャツの前を全開にした中に、薄手のVネックシャツ。細身のパンツ…コンタクトレンズすら入れていないメガネ姿だ。

「まぁまぁ…一般で来ている贔屓筋の方達へのサプライズみたいな物だよ」
眞絢が仕上げの紅を差す。

「役者の私服姿?まぁ、普段の紋付袴や衣装よりは普段が垣間見れるか…」
見た目は雲の絶間姫なのだが、中身は都織のまま…と言うギャップもあり過ぎる…と惣は思ったが言わないでおいた。



「あれ?穂群は?」

「ああ…今日は客席から観るってさ…」
舞台袖ギリギリまで眞絢や都織が、男性の立ち振る舞いのまま会話する姿にもギャップを感じた惣だったが、普段の自分も似たような物である事を思い出し恥ずかしくなる。
一声掛かれば素早く鳴神上人と雲の絶え間姫になる。

「依野君…頑張ってね」
舞台袖でスタッフを務めていた柱谷に声を掛けられる。

「うん…ありがとう…」
台本から柱谷に向け顔を上げる。

「なに?」

「いや…ありがとう…」
柱谷からは、穂群が護符に燻らせていた香の香りを感じた。
(穂群が護符を持したのか?)

「私、客席から穂群さんと観てるからね」

「スタンバイお願いします!」
スタッフの声に、一番に舞台に上がる惣は気を引き締めた。

幕のままの舞台に、スポットに照らされた惣が登場する。
初めは誰だか分からなかった様子の客席も、惣が名乗ると大きな大向こうが掛かる。

「こんにちは、依野 惣です…本日は観賞教室、東室大学ホールにお集まり頂き、ありがとうございます」

「惣!」
同級生達からと思われる大向こうには程遠い声に会場も反応を示す。

「さて…通常でしたら私も羽織袴での登場となるのですが、本日は私が籍を置く大学での公演です」
客席からの拍手に惣は笑顔で続ける。

「ちゃんと大学生活を謳歌している私の姿を見て戴こう…と言う事になり、自宅を出て来た時の服装で皆様の前に出させていただきました」


「始まりましたね…」
舞台袖から客席に戻って来た柱谷が穂群の隣に座る。

「ああ…良く観ておけよ…叶子…」

柱谷はにっこり笑って頷くと舞台に目を向ける。


「さて、今から皆様に御覧頂きます演目は、単体でこの様に上演される事の多い演目ですが、実際は四部からなる通し狂言の中の一つです」

簡単に(鳴神)について触れる。

「鳴神と雲の絶間姫のやり取りも見所の一つです…それではお楽しみ下さい」

拍手の中、スポットと共に惣が下がる。

拍手が止むのを待つ様にして、拍子木が打ち鳴らされる。
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