惣。
舞台だけを見つめる柱谷の姿を借りた叶子。
終始、喰い入る様に見つめ涙を落とす。
「穂群お姉ちゃん…」
柱谷の姿をした叶子の幼い声がする。
「ん?どうした?」
「私の想いを聞いてくれて、ありがとう…」
「容易い事だ…お前…行くのか?」
「はい…眞絢様の睨みで兄様と共に…」
やっと穂群の方を見た叶子が笑う。
「最後まで観ないのか?」
「うん…いずみにも観せてやらなきゃ…天寿を全うした私が幼い姿のままじゃおかしい?」
「そんな事はない…お前の意思が強かっただけだ…」
叶子の返事は無かった。
舞台では、注連縄を切って逃げた、雲の絶間姫に怒った鳴神が柱に巻き付き
睨みを利かせて居る。
(これで良いのか?琴宮は解き放たれる?)
惣ほどモノを見る力を持たない眞絢が、いつにも増した力で睨みを利かす。
鳴神の白い衣装が、後継人により一瞬で怒りを表した衣装に変わる。
(眞絢様…ありがとうございます)
確かに聞こえた気がしたが、舞台に集中する。
「あっ…」
思わず口に出しそうになるのを堪えた。
眞絢の後継人を務めていたのは、琴比良だった。
「いかがでしたか?鳴神…」
再び惣の出番が来て、鳴神の演目は終わった。
「昔、町人達の間では、舞台から役者に睨んで貰うと病が逃げて行く…と言う
験担ぎも存在していたそうです…」
舞台袖で一部始終を見ていた惣は、アドリブで解説を加え無事にナビゲーターをやり遂げた。
「惣…」
「ああ…終わったのか?」
「それぞれのモノの想い、遂げる事が出来たぞ…」
「そうか…良かった」
アドリブで解説を入れてしまった惣には、興行元からの注意が入った。
「大丈夫だったか?」
その為、会場を出るのが一番遅くなった惣を穂群は待っていた。
「次からは台本通りに…で終わりだよ、殆どは昔話を聞かされてた」
「惣の粋な計らいであったのにな…」
穂群は残念そうな顔をする。
「仕方ないよ…さ…帰ろうか…」
「そうだな…」
二人は大学ホールを後にする。
「なぁ…穂群…どうして、あのセットの柱に琴宮の意識が?」
「あれか?観賞会用に作られた装置では無いからだ」
他の舞台で使われていたセットや衣装を、観賞会に再利用しているのだ。
「お下がりって事か?」
「そうだな…しかし、品は良い物ばかりだ…名優達が袖を通した物もある」
「やっぱり…俺…ナビゲーターより舞台に立ってたいな…」
「そうだな…」
「あ…そうだ!穂群、早く帰ろう!兄ちゃんが話したい事があるって!」
携帯の時計に目をやりながら惣が言う。
「眞絢がか?」
「うん…結婚でもするのかな?」
「眞絢がか?」