惣。
「ただいま…」
「おかえり…ちゃんと絞られたか?」
リビングから二人を迎えたのは都織だった。
「絞られてない…お前とは違う…」
呆れた様に惣が笑う。
「都織も眞絢に呼ばれたのか?」
都織の隣に座りながら穂群が問う。
「そうだよ…夕飯にも誘われた」
「で…眞絢はどうした?」
「ん?何か足りない物があるから…って買い物に。俺が行く…って言ったんだけどね…だから俺が留守番」
「だって…ほら…都織…レタスとキャベツの区別だってつかないでしょ?」
エコバッグを提げた眞絢が帰る。
「おぉ、眞絢…話とは?」
「うん…聞いて欲しい事があるんだよ…すぐ準備するから」
テキパキと準備を進める眞絢は、とても昼間に鳴神を演じ切った男には見えない。
「はい、箸並べて…出来たよ」
テーブルには眞絢の得意料理が並ぶ。
「で…話とは?」
「御目出度い事?何?何?」
「まぁ…そうだね…」
にっこりと眞絢が笑う。
「兄ちゃん、結婚するのか?」
「え?しないよ?そんな事考えてたの?」
箸を置き、改まる眞絢に三人は注目する。
「琴比良に琴宮高瀬の名前を継がせたいと思う」
「柱谷さんの弟?今日、後継人勤めてた子?」
「うん…紆余曲折はあったんだけど…一族からまた役者を目指す者が出て来たんだし、何か出来ないかな…って考えた」
まだ、口を開かない穂群を見ながら眞絢が言う。
「琴宮譲りの美しい役者になるだろう…」
「そっか…穂群が言うなら大丈夫かな?」
少しだけ安心した表情を浮かべる。
「時期は決めてるの?」
「まだ…だけど…どうせなら少しでも目立つ方が良いよね?」
「まぁ、廃業した役者の…って感じが伝わればウケそうだしね」
「そんなのは、その時だけだよ?後は琴比良次第だ…他の誰かの襲名に乗っかるとか?誰か居るかな?」
白飯をよそいながら惣が笑う。
「じゃあ、襲名します!いつします!!って出来る物じゃないからね…」
数年前に曾祖父の名前を継いだ都織が苦笑いする。
「やっぱり大変か?」
本名で舞台に立つ惣が聞く。
「親父もじいちゃんも通った名前だろ?どうしても比べられる」
「そうなのか…」
「穂群…ちょっと良い?」
その夜、珍しく眞絢が穂群の部屋をノックする。
「うむ…入れ…」
余計な物が一切無い穂群の部屋に通される。
陰陽道に使われる道具や式服が並べられている事も無いシンプルな部屋である。
「今日ね…琴宮高瀬に会ったよ…」
「琴宮にか?」
「うん…これまで、実際に見えた事なんか無いのにね」
穂群の式神として動いていた間も一切、眞絢に(視る力)は無かった。
「何処でだ?」
「舞台で…」
眞絢は、後継人を勤めていた琴比良に琴宮が重なった事を伝えた。
「それが襲名の原因か?」
「そう言う訳じゃないけど…琴比良が頑張ってるのも事実だし」
「ああ…で…私に話とは?」
琴宮を見た…と言う事が穂群への話では無い事を見抜く。
「分かってた?」
「まぁな…」
「あのね…叶子ちゃんが持ってた香盤釘…貰える?」
「構わぬが…どうするのだ?」
「うん…もし、襲名したら…小さくても役名のある役が来るだろ?」
「…この釘を琴比良にか?」
眞絢は黙って頷く。
「…その方が琴宮も叶子も喜ぶかもしれぬな…」
香盤釘に邪念な気を感じない事を告げ眞絢に手渡した。