惣。
第三幕 獅子。

「ただいま…やっと終わった!」
いつもより声を弾ませながら惣がリビングへ入って来る。
大学の前期日程が終了し、二十科目にも及ぶテストも終わり長い夏休みに突入したのだ。

「おかえり、で…出来はどうなの?」
昼食の素麺を茹でながらカウンターから眞絢が顔を出す。

「まぁまぁ…だって言いたいけどね…穂群は?」

「桜志郎さんの所…」

「そっか…今日だったな…」
学業優先の為、この二ヶ月舞台を踏んでいない惣は、穂群が興行の初日に桜志郎の墓を訪れる様子を見ていなかった。

「俺も週末だけの地方巡業だけだったからね。食べるだろ?」
涼し気な切子の器に眞絢が盛りつける。

「確かに珍しいな…兄ちゃんが、こんなに長い間家に居るの」

「例の鳴神のヒッターで予定が狂ったんだよ…さっきFAX来たけど、日曜日のドラマ決まったし、そっちが忙しくなりそう」

「日曜日のドラマ…って…年間の?」

「前半だけの出演ね。主人公の父親役だってさ…あー…俺もそんな年齢なんだな」
感慨深い様子で送られて来たFAXを惣に渡す。

「本当だ…スケジュールきついね…」
また二ヶ月、眞絢は舞台に立てない。

「使っていただけるのは有難いけどね」
初舞台を踏んだばかりの頃、惣も眞絢が過去に演じた主役の幼少期を演じた事がある。

「そうだよね…俺も休みの間は舞台に専念だな」

「うん…俺もそうだったな…」
懐かしそうに自分が学生だった頃を思い出した様に笑う。


日の長い夏の夕暮れ時になり穂群が帰宅した。

「遅かったな…」

「劇場に寄っていたからな…試験の出来はどうなのだ?」

「何とか夏休みを楽しく過ごせそうです!」

「そうか…ほら…」
穂群は封筒を惣に手渡す。
ガサガサと開く惣は多少がっかりした顔をする。

「台本とスケジュールか…」

単発の舞踊公演が二回、雑誌の取材に番組出演…
(学業優先)を掲げている衣野家では、学生の間にマネージャーや付き人はいない。
全てを自分で管理しなくてはならず、オファーだけが俳優協会を兼ねている劇場に届く。

「うわ…密着取材入るのか?」
これらの仕事に番組クルー達が入る趣旨が付け加えられている。

「学生の頃、眞絢も追い回されてたぞ」

「今日日、珍しくないだろう?学業両立のタレント」
協会を通して回って来た仕事は断る事が難しいのは、惣も理解の上。

「へぇ…鏡獅子やるんだ?」
眞絢が舞踊公演の進行表を手渡す。

「惣単独でか?」
穂群が嬉しそうに問う。

「そうだよ」
眞絢と連獅子なら舞った事があり、鏡獅子も胡蝶ならば子役時分に経験もあるが、弥生役は初めてである。

「じゃ…アレ借りて来なきゃね…」
少し嬉しそうに眞絢が呟く。

「え?アレって?」

「木彫りの獅子だよ」
奉納舞を踊る弥生の意に反して、舞の小道具であるはずの獅子が弥生を操る様に蝶を追う所から始まる。

「そんなのレンタル出来るの?」

「まぁね…穂群と借りに行くと良いよ」


「あれ…ここの事か?」
穂群と待ち合わせ、惣が向かった先は劇場近くにある和食屋だった。

「そうだが…」
不思議そうに穂群が答える。

その和食屋は、惣達役者の為に出前を受け持つ劇場近くの店の中の一つだ。
「これ…飾りじゃなかったのか?」

惣が見ているのは、祖父や眞絢に連れられて店に来ていた頃から…
いや…もっと以前からあったのかもしれないが、この店の一角に鎮座する木彫りの獅子の頭だ。

「衣野家の小道具だからな」

「ウチの小道具がここにあるのはおかしくないか?」
やっと惣が穂群の顔をみる。

「惣さんの曾祖父さんが、この店を気に入ってくれてて…お茶をどうぞ」
嫋やかな物腰の大女将が笑う。
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