惣。
「こちらが今回の演目の小道具ですか?」
興味深くカメラマンが獅子頭に寄る。
「そうです…衣野の歴代の役者が使ってる物で…僕で四代目」
惣の口から説明を受けたディレクターが頷く。
「少し手を入れてみてくれますか?」
「はい…」
獅子頭に手を差し込んだ惣は今までに無いモノを感じた。
「どうですか?」
手元をズームして惣の答えを待つ。
「え?あ…ああ…しっくりと馴染む感じがします」
「鏡獅子って、どんな演目なんですか?」
「こうやって…獅子頭に手を入れて舞ってると、獅子頭に力が宿って勝手に動き出してしまうんです」
カタカタと口を動かして見せる。
「取れなくなるんですね?」
「……」
(何か潜んでいる?モノ?)
「あの…惣さん?」
惣の反応が薄く、再びディレクターが声をかける。
「え?あっ、はい…取れなくなります。そこからが見せ場です」
稽古と取材を済ませた惣は深い溜息と共に、居間のドアを開けた。
「なんだ?ご挨拶だなぁ…」
先に帰宅していた穂群が笑う。
「うん…なぁ、穂群…」
改まった様子で自分の前に立つ惣を見上げる。
惣は、インタビューの最中に感じたモノの気配を穂群に伝える。
「何かが居る…と?」
「うん…いつも相手にしてるモノとは違う感じなんだけど…」
「当たり前だ!護符を施しただろう?」
確かに、前日に穂群は一番最初に書き上げた護符を獅子頭に施す様を、惣は隣で見ている。
「でも…何かを感じるんだ…」
もう一度、獅子頭に手を入れ動かすが、何も感じる事はない。
翌日、ディレクター達と劇場へ向かっていた。
穂群は、細心の注意と力を込めて獅子頭を覗いたが、惣が言うモノに辿り付けなかった様子だ。
「…聞いてますか?衣野さん?」
「え?すみません…」
「初演目の事で頭がいっぱいですか?」
「いえ…何のお話でしたか?」
獅子頭の事を、払拭する様に満面の笑みを浮かべて答えた。
「今日は、稽古風景とお昼の行き着けのお店を…アンケートに記入頂いた先代さん方のお気に入りだった…ってお店です」
「アポイント取れたんですね?」
「ええ、惣さんの取材ならば…と、じゃあ、私達は客席の方で…」
楽屋口でクルー達と別れ、惣は持ち帰っていた獅子頭を取り出す。
浴衣に着替え、舞踊扇子と共に抱えて舞台袖に急ぐ。
舞台では、同じく夏休みに入り昼間から舞台に出演出来る子役達が、胡蝶の振りを付けてもらっている最中だ。
殆ど、惣との絡みは無く、寧ろ早替えの場を繋ぐ役目を担っている。
(俺もやったなぁ…)
そんな事を考え、思わずクスリと笑う。
「惣、あんた、毛振りの位置に立ってみて!」
振付師が惣に気付く。
「はい!」
持ち道具の担当者から毛振りを渡されて、目張りした舞台中央へ出る。
「あんた達も位置を覚えなさいよ?惣、振ってみてくれる?」
毛振りを促された惣が頭を振る。
「スペースは十分です」
「そうね…胡蝶の二人は音合わせしといてね…お疲れ様」
「ありがとうございました」
振付師の言葉に、小さな手を着いて深々と子役達が頭を下げる。
「はい、じゃあ次は惣の弥生ね…あら、取材はあんたなの?私も映るの?」
「映ると思います」
「分かってたら、良い着物着て胡蝶達にも優しくしたのに」
冗談混じりに、八十代が近いのでは?と言われている女性振付師は、惣の手の高さを変えてシナの作り方を教える。