惣。
小休憩を挟み、獅子頭を使う場面の稽古に入る事になった。
「あら?これ…衣野の獅子頭?」
「御存知なんですか?」
振付師が懐かしそうに獅子頭を受け取る。
「知っているも何も…あんたの曾祖父様の鏡獅子で胡蝶をやったの」
「そうなんですか?」
「大昔にね…さ…始めるわよ?」
その声に惣は、手に獅子頭をはめ袖に立つ。
(しのぶか?)その瞬間に違う声がした気がした。
自分の意識とは違う何かが、獅子頭を操る。
(な…引かれる…)
半ば、引きずられる様に舞台に出た惣が抗う。
しかし、音が止められる事も無ければ、振付師の注意が出る訳でもない。
(踊れてるのか?)
声が出せる状態なのかすら自信が無く、鏡獅子の弥生と同じく獅子頭に操られている。
「はい、音止めて!」
十五小節分位、操られたままの惣が解放された。
惣は肩で息をする。
「上出来ね…お家芸…って言われるだけあるわ」
にっこりと振付師が笑う。
「踊れてたんですか?」
「ええ。獅子頭に抗う所とかも完璧」
それから幾度、繰り返して踊っても惣だけに同じ事が続いた。
「じゃあ、明日は通しで合わせて見ましょうね…お疲れ様」
稽古は完璧を守ったまま、大きなダメ出しも無く終わる。
「しのぶ…って言ったよな?」
獅子頭を見据え楽屋で発する惣に、ディレクターが声をかける。
「お疲れ様でした…曾祖父様の生き写しの様で美しかったですね」
「え?」
「寸分狂わぬ動きでした…良く研究されてますね」
「曾祖父とですか?」
「?ええ…昨日、見つけた曾祖父様の映像と惣さんの舞を比較して視聴者に見せようと思って…」
「何か…とは…」
惣の話を聞いた穂群が改めて色んな角度から穂群が獅子頭を眺める。
「分かってるよ…何も(悪い)モノは感じないんだろ?」
穂群が戸惑うのも無理は無い位に、今の獅子頭には穏やかな気配を惣も感じていた。
「これ…編集前の…貰って来たんだけど…」
惣がソフトケースに入れられたディスクを手渡す。
「?これは?」
背面には(衣野 鏡獅子V)と走り書きしてある。
「曽祖父さんの鏡獅子と俺の稽古の比較だってさ…」
プレイヤーにディスクをセットして穂群の隣に座る。
音声も、ナレーションも入って居ない素材の状態の映像に穂群が息を飲む。
「…枝辰(しのぶ)…」
「枝辰…って…俺も呼ばれたよ…」
「そんな…誰からだ?」
映像から目を反らせずに穂群が言う。
「獅子頭から…」
「…これを観れば…信じるしかなかろうな…」
穂群が釘付けになっている映像…
それは…
寸分の狂いも無く、振りを合わせただけ…とは言い難い状態で踊る惣と枝辰の姿であった。
枝辰は、堂に入った貫禄と美しい所作を持ち合わせた弥生を…
惣は、振りや呼吸は枝辰と同じであるものの…
何処かぎこちなく(振り回されている)と言うのが正しいだろう。
「操られてるのは周りには分からないだろうね…」
厳しい振付師が一回のダメ出しもしなかった事を話す。
「枝辰が宿っておるのか?」
「それは無いだろ…俺に(枝辰か?)って聞いて来たんだし…」
「しかし…お前の祖父も眞絢も使ったんだが…何も言っていた記憶は無い」
かなり昔の記憶から手繰る穂群は画面を繰り返し観る。
「俺自身に邪気は感じられない?」
モノが自身に潜んでいるのでは…と惣は穂群に身体を差し出す。
「…恐ろしい事を言うな…」
複雑そうな表情をして惣を見上げた。
「…ごめん…」
惣は穂群の頬を撫でる。