惣。

翌日、最終段階の稽古だから…と願い出て取材クルー達と劇場では無く、獅子頭を借りた店で落ち合う事にした。

「では…私は客席から観ておるぞ」
心配そうに獅子頭を抱えた穂群が惣に手渡す。

「うん…そんな顔するな…って」
昨夜同様に穂群の頬を撫でる。

「分かっておるつもりなのだがな…」
客席から舞台を見つめる穂群が呟く。

「何が?」
穂群の横に振付師が座った。

「京(みやこ)?」

「相変わらずね…あの人のあの時から変
わらない…」

「御主が振付を?」

「そう…兄様にそっくり…惣さんの踊り」

「だろうな…」

「何か含んでるわね?」

「まぁな…御主、昨日の惣の舞踊はどうであった?」

「…そっくりを通り越してたわ…」

「やはり…か…」

舞台から初めて穂群の方を京が見る。
「まさか…枝辰さんが?」

「残念ながら枝辰では無い…」

一方、惣は…
義太夫や間合に集中しながらも、モノの登場を待った。
何かが降りてくる様な感覚は何も無いま
ま惣は自分の踊りを続ける。

(今日は出ないのか?)
安堵の様な気持ちが、惣の振りを間違えさせる。

「あら…あの部分…」
同時に客席の京が間違いに気付く。

(お前…枝辰では無いな…)
直接、惣の脳に話しかけるかの様な声が聞こえる。

(獅子頭?)
同じく惣も脳内で答える。

(そうだ…お前、誰だ?)

(枝辰さんの曽孫だよ)

(…枝辰は何処だ?)

(もう居ないよ)と伝えようとした惣を振付師が止める。

「惣!背中からの場面!昨日直したでしょ?」

(消えた?)
振付師からの注意より獅子頭の事に気を取られる。

「すみません…」
折角のモノの登場を遮られ少し低い声で惣が答える。


「…しきりに枝辰さんの事を気にしてたよ…」
その後の稽古にモノは登場しなかった。

「そうか…」
二人は撮影クルー達と落ち合う為に、獅子頭を借りた店(小鳥遊)へ向かう。

「いらっしゃいませ…あらあら…惣さん」
女店主が惣を出迎える。

「こんにちわ…すみません…取材入れてしまって」

「いいえ…まだ、お見えでは無いですよ…座敷にどうぞ」
案内されるままに、二人は座敷に上がる。

「悪さしてませんか?」
笑みを絶やさない店主が惣に問う。

「悪さ?誰がですか?」
惣の相槌に店主は、思いも寄らない答えを返した。

「獅子頭です…」

惣と穂群は顔を見合わせた。

「…獅子頭…モノが憑いておるのか?」

穂群の言葉に店主がコロコロと笑う。
「いえ、ただ…そろそろだな…と思ったんです」

「そろそろ?」

「そうです…あの獅子頭…そろそろ九十九(つくも)なので…」

「それでなのか?」
思い当たる節のある穂群は、なんとなく安堵の表情を浮かべた。

「あら…お若くていらっしるのに御存知なのですね?」

「ツクモ?」
一人(九十九)が分からない惣に店主が優しく説明をしてくれた。

「物にも力が宿る事があるんですよ…」

「そうですね…」
これに身の覚えがある惣は、苦笑いを浮かべるしかない。

「大切に手入れをされて、愛された物だと神様が宿ったりするんですよ」
注文伝票を取り出し店主は何かを書いてみせた。

「ほら…これで…九十九神」

「これで…九十九?」
受け取った惣が目を丸くする。

「文字の通りに九十九年位の間、大切にされた物に宿るのだ…」

「その通りです…」
穂群の的確な答えにも店主は笑顔を見せる。

「お待たせしました」
バタバタと入って来たクルー達に話は遮られてしまったが、獅子頭の中のモノが分かった。

「いえ…」

「食事中の様子を撮影します、宜しくお願いします」
店主にも深々と頭を下げディレクターがアポイントの確認を取る。

「どうぞ…狭い店ですが…衣野様にはかなり前から御贔屓にして頂いてます」

枝辰が大好きだったと言う、あんかけうどんが運ばれて来た。
どことなく懐かしく、柔らかい味のうどんを惣は気に入った。

「では、明日の初日で…」
クルー達は支払いを済ませ、足早に店を出る。
映像の編集が遅れているらしい。

「すみません…バタバタで…」

「いえいえ…楽しかったです。ああやって番組は作られるんですね」
にこにこと店主は言う。

そういえば…と前置きをした店主が続けた。
「枝辰さんが言ってました…」

「何を?」

「互いに九十九神が宿る位まで家業が続く事が出来る様なら良いな…と。ウチはまだまだ頑張らなきゃなりませんけどね」

惣と穂群が顔を見合わせる。
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