惣。
「……」
「何、睨めっこしてんの?」
風呂上がりの惣は、リビングで獅子頭を見詰める穂群に笑いかける。
「いや…別に…」
「ほら…髪、乾かせよ」
先に風呂を済ませた穂群の濡れ髪を拭いてやる。
「盲点…だった…」
穂群にしては珍しく負の言葉がこぼれた。
「盲点?」
「ああ…外からのモノに対しての護符しか施して居なかった」
「うん?」
「九十九神は…大切にされた記憶を持つ物に宿る神だからな覗いても分からなかった…」
惣の肩に顔を埋める。
「獅子頭の記憶で踊らされるだけだろ?」
耳元には惣の優しい声が聞こえる。
「これが…もし…邪気を孕んだモノで…また何かがあったら私は…」
穂群が顔を上げる。
「また?」
惣は、穂群が自分と桜志郎を重ねている事に気付く。
「あ…」
穂群も自分の言葉に気付き惣から離れようとする。
「桜志郎さんか…」
自分から離れようとする穂群を強引に繋ぎとめる。
「…惣…違…んっ…」
逃れようとする穂群の唇を奪う。
そのまま…
フローリングに押し倒し、自分と同じ洗いたての香りのする頬や首筋を唇でなぞる。
「…っく…」
力を入れ身体を硬くした穂群は、声にならない声を出す。
「…ごめん…フローリング冷たかったよね…」
自笑する様に惣が唇を離す。
「…惣?」
穂群も少し力を緩める。
「まだ…俺の中に桜志郎さんを見てるんだな…」
自分が乱暴に外した穂群のパジャマのボタンを留めてやりながら惣が笑う。
「惣…本当に違うのだ…」
惣に抱き起こされながら穂群が言う。
フローリングに熱を奪われ冷たくなった身体で。
「俺だけを見てくれる様になるまで…なんて無理なのかな…」
自暴自棄に陥った昔、同じ様に穂群を押し倒した。
今よりずっと不器用に、力任せに。
「私はただ…同じ過ちを繰り返したく無いのだ…」
「過ち?だから…桜志郎さんの時と同じミスをしたくないんだろ?」
「違う…」
「違わないだろ?」
「違う!」
珍しく声を荒げて穂群が言う。
「私は…もう二度と…愛しい者を危険に晒したくないだけだ…思い出すのだ…惣を見ていると…私の力が及ばなかった事で…式神の…桜志郎の顔を…」
ここまで一気に捲し立てる穂群は珍しい。
「それって…」
惣の声に穂群は頷く。
「いつの頃からか…惣に桜志郎殿を重ねてしまったのだ…」
「桜志郎さんに俺を重ねてたんじゃなくて?」
「…そうだ…惣の中に…桜志郎殿は許してくれないだろが…」
フローリングで奪われた穂群の体温が戻るまで惣は、穂群を抱き締めた。
その 少しの沈黙の後、やっと惣が口を
開く。
「えっと…あのさぁ…このまま…こう言う気持ちの夜は…誘っていいんだよな?
…どっちの部屋?」
「…どちらでも良い…」
穂群が小さな吐息と共に言う。
「うん…じゃあ…俺の部屋で良い?必要なあれ…部屋にならあるから…ごめんな…不躾で…」
穂群の顔を覗き込み、自分に向けられた瞳に偽りの無い事を確かめた。
「穂群…」
精一杯の愛おしさを伝える為に、精一杯の優しさを込めて惣は穂群の上に重なる。
きっと不器用で滑稽だろう。
独りよがりで…
乱暴で…
でも止める事は出来なかった穂群に包まれる感触を貪る。
それを穂群も精一杯に受け止める。
お互いに声にならない声を吐息で殺し合う。
翌朝…
先に目覚めたのは惣だった様だ。
「惣…」
既に惣の姿は穂群の隣にも、この惣の部屋にも無かった。
「…まぁ…今朝はどんな顔で会えば良いか分からぬが…な…」
身体に残ったままの昨夜の惣の感触を断ち切る様にベッドから這い出る。
勿論、リビングにも惣は居ない。
置き去りになったままの穂群の携帯電話が受信を知らせて光っていた。
(どんな顔して穂群を起こせば良いか分からないから、今日は一人で劇場に行きます。)
惣からのメールに目を細める。
(九十九神は、俺が何とかしてみる…鏡獅子を舞う時にしか現れないなら、それでも良い…無事に初日を終えて帰るからな)
携帯を置いた穂群が、陰陽師の顔に戻る。
「惣の申し出は有難いが…な…」
そう言うと、素肌にシーツを巻いただけの姿で護符から式神を創り出す。
「惣を見守り、我が目となれ…」
式神は青い炎と共に消える。