惣。
もう…穂群は目覚めただろうか?
メールに気付いただろうか?
惣も同じくして、穂群の余韻を思い出しながら地下鉄から隣接する劇場を目指す。
「おはようございます」
香盤に自分の名前を探し楽屋口を抜ける。
惣専用の楽屋には、初日を祝う花や付け届けが並べられている。
(穂群の事だ…)
式神を飛ばし惣を見張り、厄が降りかかろうとすれば惣を自分に振り替える術を施しているに違いない…と、平静を装い準備を進める。
「惣?」
都織が楽屋を覗く。
「都織…昼から来てるのか?」
「遠縁の子供が初舞台でね…じいちゃんの代わりに口上に出るんだ」
「なるほどね」
「あれ?穂群と撮影隊は?」
「穂群は起こさないで出て来た…クルー達は観客の反応の撮影して、そのまま舞台撮影…」
「初日なのに穂群は居ないのか…何かあったのか?」
鋭く都織が聞く。
「いや…何もない」
「そっか…」
深く入り込まない都織だが何かに気付いたのかも知れない。
それ以上は、舞台についての話にスイッチした。
(…なんとか…って言ったけど…)
本番前の舞台袖で美しく作り上げた弥生の姿で手にした獅子頭を見つめる。
「惣さん…獅子頭をこちらに…」
「あ…すみません…」
先ずは扇子を使った舞を踊るため、獅子頭を担当者に渡す。
幕間を挟み、ざわつく客席が再演開始を知らせる様に暗くなる照明で静かになって行く。
やがて幕が開き、袖から登場した弥生に拍手と大向うが飛ぶ。
それらに反応する素振りは見せず、あえて人形の様に惣の弥生は舞う。
そして…
舞台袖で獅子頭を受け取る。
(枝辰?)
案の定、獅子頭は直接語り掛けて来る。
(似てる?でも違うよ…)
(ならば…枝辰を舞わせるだけ…)
惣が作ったシナよりも低い位置に獅子頭が動く。
(これは俺の舞なんだけどな…)
(…構わぬ…)
(俺も構わないよ…)
思いも寄らぬ惣の答えに獅子頭が躊躇いを見せる。
(何故に?)
(今すぐ…あなたから手を抜いて舞台から降りる事だって出来るからね)
惣は力を込める。
(馬鹿な…)
(ううん…本気だから。察してるだろ?とっくに)
(… …)
返事の無い獅子頭に惣は続けて語り掛ける。
(どうして…九十九の力を込めて俺を操るの?)
(…枝辰の…)
観念したかの様に獅子頭が語り出す。
(枝辰の舞を…あの一緒に舞った美しい舞を消さない為だ…)
惣の中に獅子頭の持つ記憶が流れ込んで来る。
操られたまま舞は続いていた。
(じゃあ…これで最後にしよう…)
獅子頭の記憶を垣間見た惣が告げる。
(ああ…)
それから、獅子頭の声は届かなくなった。
獅子頭を担当者に投げる様に渡すと、惣は急いで弥生から獅子の精に姿を作り変えて行く。
見せ場である毛振りでは、今日一番の拍手が飛び惣は鏡獅子を成功させた。
肩で息をする惣が袖に戻ると、担当した振付師が待っていた。
「…良かったわよ…シナの作りで怪しい部分はあったけど…特に…弥生の後半は惣さんの弥生が出てた」
「ありがとうございます」
惣は苦笑いを浮かべる。
出番を終えた惣は、挨拶回りもそこそこに地下鉄に飛び乗る。
どんな顔を穂群に向ければ良いか…で今朝は迷っていた事などは忘れていた。
多分…
一部始終を覗き見ていただろうが、舞の最中に交わした九十九神との話をする為だ。