惣。
惣がリビングのドアを勢い良く開る。
「もしかして…そのまま起きてたのか?」
思わず目を逸らす。
そこには見慣れたシーツを身に纏った穂群の姿があった。
「…どうであった?」
惣が跡を残した首筋が艶かしい穂群が出迎えた。
「なんとか…説得した」
「説得?」
「うん…で…穂群は?うわ…身体…冷たい」
シーツを巻きつけただけの穂群を抱きすくめる。
「あ…目覚めたら…惣が居ないから…」
昨夜と同じ場所に噛み付く惣に身体を預けながら答える。
「心配で式神飛ばしたんだろ?」
一瞬だけ惣に身体を預けた穂群だったが、すぐに身体を離し陰陽師としての顔を見せる。
「そうだ…聞かせてくれ」
スルリと自分をすり抜けた穂群に苦笑いを浮かべ答える。
「とりあえず…服…着て来いよ」
「そうだな…惣に付けた式神も外さなくてはな…」
昨夜、汗に濡れた惣の身体を這うように絡み付いて来た穂群の黒髪を見送った。
「待たせてしまったな…」
ウエストのベルトを締めながら穂群が部屋から出て来る。
「いや…」
惣自身もコンタクトレンズを外し、ラフな姿に戻る十分な時間が出来た。
隣に座るかと思った穂群は向かいに腰を下ろすと、唇に当てた指に何かを呟くと小さく印を結ぶ。
「式神を外した…」
「うん…じゃあ、舞台での俺は観てたんだろ?」
「ああ…美しい獅子の精であった」
(じゃあ…本題からね…)と、前置きした
上で、九十九神との話をする。
「曾祖父ちゃんの弥生が忘れられなかったんだってさ…」
「それで…舞踊の中の鏡獅子の様に惣を操ったのか?」
少しだけ目を見開いて穂群が言う。
「そう…あの店のケースの中で待ってたんだって。俺の事も憶えてた」
獅子頭を見て泣いた惣に、店主が布を掛けて見えなくした時の事だろうか?
「枝辰の舞を再現するだけの為に…九十九年を?」
「じいちゃんにも、兄ちゃん(眞絢)にも
…洗練された己の弥生が出来上がってて入り込めなかったって…俺の舞はまだまだなんだろうなぁ…」
溜め息混じりに惣が笑う。
「そんな事は無いだろう…寧ろ二人はモノの受け皿になりうるだけの力が弱かったのだろう」
「ああ…それも獅子頭が言ってたよ…二人は、おっとりし過ぎてて入り込めなかった…って」
「だろうな…で…枝辰の舞…とは?」
顔を見合わせて笑うと穂群が問う。
「美しい枝辰の舞を世の中から忘れさせたくなかったんだって…自分(獅子頭)と一つで喝采を浴びた事が忘れられないんだ…って」
「さすが…九十九神になるだけあるな…」
物としては高すぎるプライドを穂群は笑
う。
「うん…」
故に、惣は舞台上で獅子頭を取り、舞を止める…と言い放った。
そんな事を獅子頭が許す訳が無く、惣に従った。
「そうだったのか…気位が高いと言えば高いが…モノだけの力では動けないからな」
「でも…淋しそうだった…」
惣が弥生を舞う間…
獅子頭を手にした短い間に何を話したのだろうか…
穂群は惣の言葉と共に気になった。
「獅子頭は何と?」
「そりゃ決まってるだろ…枝辰の舞を世界から忘れさせたくない…だよ」
「…だろうな…余程、枝辰も獅子頭を大切にしたんだろうな…」
相方の様に大切にされ、戦乱の折にも持ち運ばれ…
丁重に飾られ、一族の者が初めて鏡獅子を舞う時にだけ用いられるとあれば、物だって自惚れて力を宿すのも理解出来る。
「今は…少なくなったけど、穂群や、振付師の先生だって曾祖父ちゃんの舞を憶えてるし…俺と比較する為に使える位の映像も残ってるから安心して九十九神になれ…と言ったんだ」
「そうか…本当に今回は惣が一人で奔走してくれたな…」
惣の話に嬉しそうに笑う。
「だと良いけど…あ…それから…」
思い出した様に続ける。
「次に、獅子頭を使う衣野の者が出るまで留守にするってさ」
「留守?九十九神がか?」
驚きと言うよりは呆れ顔で穂群が問う。
「うん…あの店の鍋に入るんだってさ…曾祖父ちゃんを知る数少ない人だし、同じ位、大切にしてくれたから…って」
「そうか…」
「うん…でも…」
惣が言葉を溜める。
「何だ?」
立ち上がり、穂群の後ろに周る。
その様子を目で追いながら穂群が聞きなおす。
「…次に…あの獅子頭を使うのは…穂群との子孫が良い…と思うんだけど…どう?」
そう穂群の耳許で笑うと、黒髪毎抱きすくめる。
「… …」
相変わらず、この件で穂群からの答えは無かったが…
逃げずに身体を預けてくれている事が、惣は嬉しかった。