惣。
(幕間)奈落の底から。
「さあ…今日からは私を使役しろ!」
赤ら顔の横柄な態度の男が仏間に入って来る。
「…それは…今言わぬとならぬ事か?」
横たわる亡骸を囲み、皆が最期の対面を悲しんでいる所の登場に部屋の隅に座る幼子二人が怯えている。
「ふん、関係なかろう?さぁ…お前は今日から我が家に置く」
穂群の手を取ると立ち去ろうとする。
「兄さん、今は親父を見送るのが先だろ?」
惣の曾祖父になる里要(りよ)が間に入る。
「このバケモノには関係ないだろう」
「私ならば大丈夫だ…最期まで頼んだぞお前達も加勢するのだぞ?」
怯える子達に気付き笑顔で穂群が答える。
その言葉に観念した様に思ったのか男は躊躇なく足袋のままの穂群を連れ、大通りで待たせてあった人力車に乗せ、何処へ向かう。
到着したのは、聞くまでも無く穂群を連れ去った男の家であった。
「帰ったぞ!一応は客だ…奥の座敷の準備をしろ!!」
相変わらず横柄な態度の男が大声を上げると、弟子達が慌てて出て来る。
「お帰りなさいませ…こちらで足を…」
男と穂群の足桶が準備される。
「血が滲んでますが…」
真っ黒に汚れた足袋に手をかけた若い娘が穂群を見上げる。
「構うか!早く済ませろ!」
男の声に心配そうに自分を見上げる娘に穂群は笑ってみせた。
「こちらの部屋で…」
通された部屋の襖は閉められる事は無く、穂群に見せつけるかの様に周りに注連縄と護符が施されて行く。
「これは…念入りな事で…」
他人事の様に言う穂群を睨み付けて男が言う。「この位しなくてはな…式神を飛ばして里要に連絡されたり、遠隔で使役の儀式をされると困るからな…」
「ほう…お前にしては考えたな」
挑発する様に穂群が返す。
「ふんっ…言っておけ…私達と食事は同じ物を運んでやるわ」
言い捨てるとピシャリと襖を閉めた。
背筋を伸ばし正座をしていた穂群は、男が出て行くと足を投げ出して寝っ転がる。
(いやはや…これだけ長い事生きておると…稀に権力争いのコマにされる事はあるが…この男だけは読めぬな…)
部屋を見渡すと生活に必要な物は全て揃っていた。
(あの男が揃えたとは考え難いが…)
火鉢に乗せられた南部鉄瓶からは湯気が立ち上る。
どの位経っただろうか?色んな考えを巡らしていた穂群の部屋の前で軽い足音が止まる。
「あの…穂群様…失礼いたします」
声の主は足を洗ってくれた娘であった。
「あ、ああ…」
急いで飛び起き、衣を整える。
まだ湯気の昇る食事を届けに来たのだ。
「済まぬな…お主は…屋敷の下女か?」
十五、六位か?
「いえ…私は…」
御膳を置くと同時に額を畳に擦り付ける。
「この度は…夫が…」
「な…お主…あの男の妻なのか?取り敢えず、顔を上げてくれぬか?私にも考えは読めぬが…お主の夫には考えがあってなのだろう…」
「…本当に申し訳ありません…」
「いや…しかし…若すぎぬか?」
顔を上げた妻の顔をしげしげと見つめる。
「穂群様…足をお見せ下さい…」
妻は、こっそりと忍ばせて来たのだろう…袖口から軟膏と包帯を取り出す。