惣。

翌日、主は揚々と可恵に準備させた荷物を弟子に持たせ興行に向かった。
基本、25日興行なので全体稽古を含めた数十日は家を空ける事になる。

(可恵殿に頼んで一度帰ろうか…)
そんな考えが浮かばなかった訳では無い。
可恵の事だ…
快く許してくれるだろうが、後で主が可恵を怒鳴り散らす様を見たくは無い。

最も、ああ見えて主が可恵に怒鳴る所を一度も穂群は見ては居ない。
二人が夫婦になった経緯は知らないが、仲睦まじい感じを悟る。

(また…枝辰を介するか…)
可恵から葬儀の様子を聞いた穂群は、暫く枝辰の夢に現れて居なかった。

(あっ!穂群!)
穂群の姿を見つけた枝辰が駆け寄って来る。
穂群は身体に力を込めて枝辰を受け止めてやる。
(可恵殿に会ったのか?葬儀では大人し
くしておったか?)

(うん!あのお姉ちゃん、穂群に優しいでしょ?すぐに分かったよ)

(そうか…可恵殿が辰巳と枝辰を褒めておったぞ)

(本当に?)

(ああ…しっかりと役目を果たしておった…と。里要はどうだ?)

(ご挨拶回りで大変そうだったけどね…来月の興行がおじいちゃんの追悼興行…って名前がついたって穂群に会えたら伝える様に言われたよ)

(そうか…それまでには戻って小道具に護符を施さなければな…)

(穂群…帰って来る?)
嬉しそうに枝辰が言う。

(それまでには何とかする…と…)
言いかけて穂群は何かを感じて振り返る。

(…お姉ちゃん…)
枝辰が呟く。

(!?お前も感じたか?私は戻る…里要に伝えてくれ!またな枝辰!)
言い切ると同時に穂群は飛び起きていた。

「奥様!可恵様!!」
深夜に相応しく無い声が屋敷に響く。
穂群は勢い良く襖を開けると部屋を飛び出した。

「可恵殿!どうしたんだ?」
護符の効力の事を言う者はなかったが、穂群は可恵を抱き起こした。

「…穂群様…時計を…合わそうとして…穂群様…身体は…」
真っ青になり意識を失う可恵の腰周りが朱に染まり、床に夥しく広がって行く。

「可恵殿!!早う、医者を呼ばぬか!!」
穂群の声に若い下男が飛び出して行った。

「…穂群…」
この二日、意識の戻らない可恵に付きっきりの穂群は、近づく足音と聞き慣れた声に顔を上げる。

「里要…」
10日振りに見る姿に思わず心細そうな声を出す。

「兄さんは?」
隣に腰を下ろす里要に首を横に振って見せる。

「…どうして…里要がここに?」

「枝辰の夜泣きで…」

「夜泣き?」

「うん…義姉さんが倒れた日…枝辰と会ったんだろ?」
あの日、可恵の身の危険を感じ枝辰と疎通を終わらした穂群だった。

「ああ…枝辰も何か感じ取っておった」

「あの後…になるのかな?急に大声を出して…狼狽しきってて…それで知った」

「そうか…」

「兄さんには知らせたんだろ?」
穂群の背中を撫でながら里要が言う。

「ああ…返信すらない…」

「義姉さんの容体は?」

「…駄目だった…」
可恵の頬に乗るみだれ髪を払ってやりながら穂群が呟く。

「…辛いな…」
可恵は懐妊していた。
しかし、踏み台を踏み外した転落と、自身の身体の弱さも手伝ってか?小さな命を亡くしてしまったのだ。

「…私に執着したのは可恵殿の為だったのか?」

「うん…」

「私に使役さるとなれば…何らかの形で家は続く…」

「…うん…」

「この時代にまで…道具として扱われるとはな…」
自虐の様に穂群は笑う。

「穂群…私を式神から外せ…」
意外な里要の言葉に目を見開く。

「本気…か…?」
里要は頷く。
< 61 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop