惣。

「それで…里要さんは式神から外したの?」
隣で微睡む都織を気遣い、惣は穂群に小声で囁く。
大成功を収めた芝居小屋での興行を終え、帰路の飛行機の中である。

「いいや…間に合わなかったんだ…大役で臨んだ演目の最中に転落してしまった」

「転落…って…奈落?」

「そうだ…」
絶句する惣に笑ってみせる。

「あの芝居小屋か?」

「そうだ…」
雲海に視線を落とした穂群は続ける。

「それより…気にならないか?可恵殿や枝辰の事が」

「枝辰さん…ってのは…獅子頭の…じいちゃんの父さんだったから直系だよね?」

「そうだ…」
枝辰は廃業になってしまう跡継ぎの無い家を救う為に、居なくなってしまった主と可恵の養子に入った。

穂群は里要を使役したのち、枝辰を使役し共に可恵の屋敷で暮らした。

「あれ?枝辰さんって…今は京都に眠ってるんだろ?」

ゆっくりと穂群が、その後の事を話す。
「ああ…可恵殿の生家が京都でな…」
少しだけ言い難くそうにする穂群に気付く。

「何?何?どうしたの?」

「いや…可恵殿が…惣の曾祖母になるのだ…」

「え?」
思わず声のトーンが上がる。

「何から話そうか…」
前置きして穂群は続ける。

中学を卒業した枝辰は、両親や兄と生活を続けながら可恵の養子となり役者を続けた。

「…二十歳頃に…襲名して叔父の名前を継いだのだ…その頃から私も枝辰を使役する様になった」

「その頃…一緒に生活し始めたのか?」

「ああ…義母と息子と言うよりは姉を労わる弟の様でな…」
穂群の表情から仲の良い事が惣にも分かった。

「そのまま?」

「ああ…そのまま恋仲になってな…お前の祖父が生まれたのだ…結局…辰巳が医者を目指し廃業した故、枝辰が両家を継いだんだがな…」

「だから曾祖母ちゃんなのに京都の墓に入ってるのか?可恵さんは」

「そうだ…周りの反対も多少あったからな…可恵殿が気にしてな…」

枝辰に、遺言の様に代々の墓に入る事を
勧めながら消えた可恵に逆らい、同じ場所で枝辰は眠っている。

「曾祖父ちゃんが一番凄い人かも…」

「私に使役されてるだけでも数奇であるのに…」
穂群が寂しそうに呟いたが、惣は優しく聞き流す。
穂群も雲海に視線を移す。


「あれ?帰ってたの?惣は?」
ロケから帰宅した眞絢がリビングに入って来る。

「大学に行った…補講を受ける者達が居て、惣が受けれて居ない実験をするから出て来ないか…と連絡をうけてな…」

「そのまま大学に?」

「そうだ…眞絢…少し焼けたな?」
眞絢の顔をソファーから見上げる。

「うん…まぁ、白粉塗るし今回も問題無いよ」

「そうだな…」

「何か思い出した?」

「ああ…奈落の事だ…私が思念に駆られて手を下したのでは無かった」

「うん…それが分かっただけでも良かったね…ねぇ?穂群…」
穂群の横に座りながら眞絢が言う。

「桜史郎さんの事も…もしかしたら…こんな風に湾曲して記憶してる部分あるんじゃないのかな?」

「…そうだろうか…」

「うん…沢山…見て来てるから、何処かで記憶の地層変動があった…って事も考えられるよ…」

「… …」

「惣とゆっくり辿ればいい…」

眞絢の優しい言葉にゆっくりと穂群は頷く。
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