惣。
「何だ?何が不満なのだ?」
帰り道、穂群は惣の顔を覗き込む。

「不満なんか無いよ…料理も美味かったし、椿さんからデザインの話も聞けたし…」

「そうか?私も楽しかった…」

「椿さんと…何を話してたんだ?ほら…凄く楽し気だったから…」
付け加える様に焦る惣の顔を穂群が見つめる。

「桜の話だ…」

「それだけ?」
また桜散らしの風が穂群の黒髪も靡かせる。

「ああ…あの古木に黒塚殿は惚けている…」

「…それって…」
穂群は黙って頷いた。

「ここ…俺の家だったんだ…アトリエ性や利便性を考えた親父が手放したんだけどさ…」
同じテーブルで食事をした黒塚が惣と穂群越しに桜の木を見つめて言っていた。

「何か…在るのか…あの桜…」

「いや…桜自体には何も感じなかったが…少しだけ覗かせて貰った…」

「うん…」

「黒塚殿が待っているのは…中庭にある燕の巣だ…」

「燕の巣?」

「正確には…燕が巣材にした泥に絡んでいた…若い女黒髪を待っている」
惣が開けた玄関のドアを潜ると、穂群は眞絢の書斎から古い書物を持ち出しリビングで開く。

「それは?そんなに慌てる事なのか?」
穂群の前に座ると、その様子を見つめる。

「あの店付近の昔の地図だ…」
テーブルに広げると小さく印を結ぶと指で確かめる様になぞる。

「これ…花見してた通りか?こんな古くからあるのか?」
区画整理などされていない地図上から惣が川沿いの桜並木を見つける。

「その周辺か…」
惣が指を置く桜の周辺を穂群が辿る。

「髪に関係ある物なんてあるのか?」

「分からぬが…あの並木道は色街のあった場所だからな」

「色街って…」

「ああ…遊郭や茶店だ…それに川沿いだからな…夜鷹も居たはずだ…」
地図から目を離さない穂群をチラリと見て、惣も地図に目をやる。

「ここ…一本だけ桜がある…今日の桜か?」

「何処だ?」
惣側に穂群が回り込む。

「ほら…ここ…」

「…周りには何がある?」

「寺?東予寺…今も寺なのかな?」

「明日、様子を見て来よう…」
地図を仕舞う。

「じゃあ、俺も…」

「いや…惣は大学とデザインに専念してくれ…」

この春…
何とか進級は出来た惣だが、幾つかの単位を落とした。
このまま博士課程に進むつもりなら必須なのらしい。

「…そうするを得ないよな…」

「何かあれば、すぐに知らせる…」
地図を片付けたテーブルの上にノートを広げる惣に言い残し、穂群は自室へ戻った。
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