惣。
「桜…」
たくさんの人で賑わう桜並木や、髪に絡んだ花弁…。
惣の言葉でそれらを思い出す。
「うん…何か理由でもあるのかな…って…穂群?」
「ああ…そうだな。聞いて来る…」
踵を返し穂群が髪を靡かせた。
「聞く?聞く…って…誰にだよ?」
惣は穂群を追いかける。
「ここ(庭園)に一番長く居そうな物だ」
「意外と若い樹木が多いね…」
庭園の中で一際目立つ黄色の花を付けたミモザですら幹は細く若い。
「そうだな…」
「あれ?あれも花を付けてる?なんか繁って木陰になってる…」
惣が見つめる先に白く揺れる房がある。
「…これは立派な…」
庭園での目的を少しだけ忘れた様に穂群が笑顔で近づき惣も後を追う。
「これ…一本の木か?」
うねうねと棚に絡み合う。
「惣は実物を見るのは初めてか?」
穂群が驚きの表情を見せる。
「初めて…って?」
腕を伸ばせば惣になら届きそうな花が揺れる。
「惣は…この花の精を何度も演じておるぞ?」
「これ…花の精?藤の花なのか?こんな蔓で育つのか?」
「まぁ…舞踊の背景の藤は大木として描かれておるな…」
「藤色…って紫を指すよな?」
腕を伸ばし、藤に触れる。
「白もあるのだ…私はこちらの方が良い」
(そうなの?嬉しい…)
聞こえるはずの無い二人以外の声に惣が振り返る。
「穂群…聞こえた?」
「ああ…」
「…藤の精?」
花に触れるのを止め惣が聞く。
(知ってるの?私を知ってるの?)
藤の枝こそ持って居ないが、惣が演じる精と同じくシャラシャラと藤の簪が揺れる。
「うん…まぁね…」
「どうしてお主から姿を見せてくれたのだ?」
この言葉から、穂群が呼び出した訳では無い事が分かった。
(久しぶりに私と話せそうな者を見かけたから嬉しくて)
「それだけか?」
(そうだけど…)
「久しぶりって…どの位なんだ?」
(憶えてないけど…ずっと前)
周辺が何かに包まれた気がした。
穂群が結界を施したのだ。
「桜を知らぬか?」
(ここでは桜は育たないの…だから私が居るの)
惣達の目的を見透かした様子の白藤が笑う。
「ここ…貴女が来た頃に寺はあった?」
(色街の菩提寺の事?)
惣の方に向き直ると白藤の簪が揺れる。
「…投げ込み寺か…」
穂群がつぶやく。
(うん…)
振袖を揺らして白藤が指差す。
(あの丘にあった…)
花街に売られて来た女郎達の死因と言えば、伝染病や折檻、心中だ…と穂群が呟く。
「彼女達を埋葬した寺なのか?」
「埋葬と言うよりはだな…葬式もお金が掛かって出せぬ故…投げ込まれる」
(本来ならね…視たいんでしょ?)
見透かす様に白藤が穂群に笑いかける。
「ああ…」
そう言うと穂群は音を立てて手を合わせる。
「いや…穂群…俺は…」
「惣も視ておけ…また遊女を演ずる事もあろう?」
「それはそうだけど…」
惣の答えを聞き終えぬ間に穂群は記憶を辿る。