惣。
「あった…ここかな…」
藤の精と別れ、東予庭園を後にした2人は、楠太夫が建立した寺に来ていた。
「まだ少し早いみたいだね…」
柔らかい葉に惣が触れる。
「紫陽花寺がそうだったとはな…」
今は紫陽花で有名な寺が、どんな云われで建立されたかを知る者は少ないであろう。
「でも…言われてみると納得せざるを得
ないかもな…」
紫陽花の根元をかき分け土を触りながら惣が笑う。
「分かるのか?」
意識の集中を試みたが、特に何も感じない穂群が驚く。
「ここの紫陽花…青ばっかりなんだよ
…」
珍しく自分の得意分野が登場した惣が笑う。
「それが珍しいのか?紫陽花は青か赤だろう?」
「紫陽花の色は土壌のph…酸度で決まる
んだよ。青って事は…酸性の土。毛髪は弱酸性だから…楠さんが供養の為に植えたのかもね…」
「何か見えたのか?」
惣の隣に穂群がしゃがみ込む。
「ううん…半分は化学的にだけど…半分
は、そうだったら良いな…って希望も入ってる」
手に付いた土を払いながら惣が立ち上がる。
「では…あの少し高くなった場所の花は赤いぞ?酸性では無いのか?」
「本当だ…同じ土壌だと思うんだけど、あそこはアルカリ性なんだね…多分、元々。」
「後は…椿か…」
「うん…椿さん…このままにしてたらどうなる?」
「分からないが…女は怖いからな…知っておるだろう?」
2人は並んで歩く。
「だよな…行くしかないか…」
黒髪に魅せられた椿を呪縛から解き放つ為に、2人はあの店に向かう。
案の定、椿は中庭にある桜の木が見える席でデザイン画を広げ、散りゆく桜を見つめていた。
「椿さん…」
「なんだ?惣か?デザイン出来たのか?」
上の空で答える。
「今年も桜は終わりの様だな…」
穂群の声にやっと顔を上げる。
「そうだな…」
「庭に出たい…」
穂群は椿に笑いかける。
「…ああ…」
惣は椿の居た席で2人を見守る事にした。
「椿が待って居るのは…いつも桜では無いのだろう?」
散り積もった花弁に目を向けていた椿が顔を上げる。
「いや…桜だよ…正確には、この樹の桜だな…」
「…この季節に、この樹で見つけたモノに拘っているのだろ?」
散り落ちた花弁と共に穂群の髪を舞い上げる風が抜ける。
「…ああ…取り払われたんだよ…」
庭から吹き出て行く花弁を見上げ椿が笑う。
「燕の巣…か…」
「そう…絡んでたんだよ…今までに見た事ない位の…ガキの頃から沢山の鬘や黒髪見てるけど」
椿が待ち焦がれていたのは、たった一本燕の巣材に絡んでいた黒髪。
「持ち主を知っておる…」
「どんな人だ?美人か?」
冗談交じりに椿が笑い穂群の黒髪に触れる。
その様子をテーブルで見ていた惣が思わず立ち上がる。
「そうだな…美しい人だ…しかし思念が強すぎる」
「そうか…なら…俺は…これからも惑わされるのか?」