惣。
「惣?これは、また美しく仕上がったな…」
暖簾を潜った穂群は、紅を引く鏡越しの惣に目を細める。

「聞いたか?満員御礼だってさ」
鏡台に立て掛けた大入袋を穂群に見せる。

「無事に初日公演を迎えられました事をお喜び申し上げます」
いつもの様に穂群は指を揃える。

「はい…ありがとうございます…」
惣もいつもの様に答え、顔を見合わせて笑う。

「あの…鉢植えは?」
胡蝶蘭や薔薇の中に青い紫陽花を見つける。

「椿さんからだよ…」

「青か…」
椿が仕上げた鬘を着ける惣を見ながら呟く。

「舞踊との新しいコラボレーションが実現…」
初日からの満員御礼と追加公演が決まった事を掲載した記事を見ながら都織が多少の羨ましさを覗かす。

「お前…久し振りに戻って来たのに…自宅に帰らないのか?」
キッチンから呆れた声で惣が笑う。

ドラマでの大規模な合戦のシーンを撮り終えた都織は自宅より先に惣の家に来ていた。

「そうなんだけど…新聞観たら惣が載ってるだろ?どんな感じかを聞きたくてさ…」

「どんな…って…好きにやらせて貰ってるよ…」

「振りは問題ないだろうけど…デザイン大変だっただろ?」

「そうだな…イメージはあっても抽象出来ないんだよな…」

「お前…昔から美術苦手だもんな…」

「まぁな…ほら…テーブル片して…」
笑いながら土鍋をコンロにセットする。

「基本は器用なのにな…今日、穂群は仕事か?」

「仕事…と言えば仕事かな…床山の椿さんの所だ…」

「椿さん?それも新聞に出てたな…ショ
ーの事か?」

「ああ…モデルだってさ…ほら…熱い内に食べろよ、都織のリクエストだろ?」


「…まさか…受けて貰えるとはな…」
鏡の前に座らせた穂群の髪を椿が梳かす。

「惣が世話になったからな…」

「いや…惣に関しては俺の出番は無かったよ…」
惣が舞踊公演のイメージに決めたのは遊女だった。

「花魁なら椿もやり甲斐があっただろうな…」

惣は、労咳で客が取れなくなり、隔離され弱りゆく遊女を演じた。

一つに纏めただけの黒髪の鬘を惣の依頼で椿は準備し、惣は美しい笄を持ち半狂乱になり彷徨う姿は高く評価された。

「まぁね…穂群…これ、本当に良いのか?」

「ああ…構わない…」
鏡越しに穂群が笑う。
< 72 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop