惣。
「穂群?帰ったのか?さっきまで都織が来てたんだけど…」
気配は感じるが返事が無い穂群を確かめる為にキッチンから顔を出した惣が息を呑む。

「穂群…どうしたんだ?」

「ああ…椿に頼んで切って貰ったのだ…」
穂群の黒髪はミディアムに切り揃えられていた。

「……」
言葉を失ったまま見つめる惣に穂群が言う。

「…やはり…似合わぬのか?」

「似合うけど…」

「そうか…良かった…この長さを椿が選んでくれた」
鞄の中から和紙に包まれた毛束を取り出す。
60センチ位はあるだろうか?
まだ、ほのかに穂群の使うシャンプーの香りがする。

「首が涼しく感じるな…」
苦笑いする穂群が毛束を仕舞う。

「それ…どうするんだ?」

「ん?椿が持ち帰れ…と言うから持ち帰ったが…特に用途は無い」
紅筆にしたい…と言う椿にカットの礼として、少しだけ毛束を渡したと言うが十分過ぎる程の量と艶を誇る。

「じゃあ…俺にくれないか?」

「それは構わぬが…何に使うのだ?」

「分からないけど…穂群は全部…」
言いかけて惣は言葉を飲み込む。

「全部?」

「いいから…都織の土産…きりたんぽ食べるだろ?着替えて化粧落として来い…」
紅を引かれた目元と唇に触れる。

「ああ…」
部屋を出て行く穂群に付け加える。

「青いボトルのクレンジングが舞台メイク用だからな…」

( 都織が帰ったんだから、兄ちゃんも帰って来るだろう)と惣の言った通り、眞絢は遅くなって帰宅した。

「遅かったな眞絢…」
リビングには穂群が居た。

「うん…飲みに流れちゃって…あれ?髪切ったの?」

「ああ…乾かすのが楽だな…」

「この時期は良いけど…冬は首が寒いよ
ね…あれ?惣は?」
穂群の向かいに座る。

「風呂に入っている…ロケはどうだった?」

「モブシーンが大変だったけど、こっち
のスタジオで撮影すれば終わりだよ」

「そうか…久しぶりの舞台か?」

「うん…秋季祭があるだろ?それは歌劇団とコラボね。来月は久々に揚巻。再来月の…東京公演の演目だけは決まったよ…」
いつも穏やかな眞絢の声が変わる。

「文七元結…」

「…そうか…」

「若手を起用したい…って話だけど、まだ決まってない。次の公演で見極めるって」

「…分かった…」
絞り出す様に穂群がやっと返事をする。
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