あの子の好きな子



「なんだか、私、ここが一番落ち着くなぁ」

いつもの放課後。いつもの地学準備室。私の前には、いつもの篠田先生がいた。前からこの場所は大好きだったけど、今の状況では、学校の中で唯一ほっとできるのがここになっていた。

「そうか。先生もここが好きだよ」

あ、また、先生の好きだよが聞けた。先生はきっと、人の多いところがそんなに好きじゃないんだろう。そんな感じがする。この場所みたいな、狭くても埃っぽくても、一人きりのこの空間が好きなんだと思う。そんな場所にずかずかと入り込んでいるのが私だけど。それでも先生はここが好きだと言ったのが嬉しかった。

「えっと、なんだっけ、今日もエネルギーの単元の・・・」

つい準備室でくつろいでしまって、慌てて背筋を伸ばした。私は勉強をするためじゃないと、ここに来ちゃいけないんだった。でもそのとき先生は、あらぬ方へ話題を転換させた。

「でも、期末よりも先に、まずは球技大会だなあ」

シャーペンが金縛りにあったみたいにぴたりと止まった。先生はあくまで世間話の口調で言ったけど、私は今その単語をあまり聞きたくなかった。

「まあ・・・、うん・・・」

私の声は明らかに元気をなくして、ただただノートの白いページを見つめたまま答えた。先生は何かの書類に目を通していたけど、私のあまりのテンションの下がり様を見たのか、こっちの方をちらっと見た。

「楽しみじゃないのか?久保、スポーツは得意だろうに」
「え?あ、うん、まあ、普通です」
「何の種目に出るとかは決まった?」
「私は・・・バレーボールです」
「そうか」

先生はのん気なにこにこ顔で話した。唯一のオアシスだったこの場所では、せめて球技大会の話はしたくない。


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