あの子の好きな子



「久保、どうした?」
「・・・なんでもないです」
「色んな人に噂されて、疲れちゃったか」
「・・・少し」

私は先生に何と言って欲しかったんだろう。諦めると約束しておきながら、私の欲張りはなおっていないのか。先生に言って欲しかった言葉なんてわからないけど、言われたくない言葉はあった。だけど、絶対に言われたくなかった言葉を、先生はすべて私に言ってくれた。

「でも、佐々木は、いい子だと思うなあ。誠実そうじゃないか?まあ、勝手なイメージだけど」

先生まで。先生までそんな風に言うの?
率直に、そう思った。先生にだけは言われたくなかったのに。

「先生はお似合いだと思うよ」

言葉が形を持って、ナイフになって、胸にぐさりと突き刺さったような心地がした。

どうして、そんなこと言うの?私は先生を諦めるって言ったから、もうすっぱり諦められたと思ってるの?私は先生が好きなこと、一番よく知ってるのは先生なのに、どうして先生がそんなこと言うの。
先生のその言葉が、今の私にはこれ以上なく残酷だった。胸がえぐられそうに痛い。

先生が好きだから苦しかった。先生が好きだから、会長と噂の的にされるのが苦しかった。それなのに。

「私・・・、そんなこと・・・」

言われたくなかった。もう声が出なくて、涙で喉がつっかえそうだった。このままじゃ泣いてしまう。先生の前で三度目の涙を見せるのはやめようと誓っていたから、私は走って準備室を出ようとした。

「久保!」

私を見た先生が、立ち上がって私の手首を掴んだ。花火大会のとき以来先生の手に触れたことも、涙を隠すのに必死で気付かなかった。先生に捕まえられて、逃げられない。


< 139 / 197 >

この作品をシェア

pagetop