まだ、君を愛してる.doc
「じゃあ、言う。うちの嫁、出て行った・・・」
「えっ?!」
そこからしばらくの沈黙。鈴木も久保も結婚はしていない。それだけに、嫁が出て行くと言うのがどんな事なのか、イメージしづらいのだと思う。実際の心は目に見えないが、その表情からはそう読み取れた。
「と言う事で、様子がおかしいとしたら、それが理由だな。」
「でも、僕たちが思ったのって、わりと前ですよ。」
「そうだろ。出て行ったのも、わりと前だからな。」
「あ、あぁ。」
それから沈黙が続く。少なくとも僕の人生において、離婚をした友人はいない。だから、その類の話を聞いた事はない。離婚ではないが、今の状況は似たようなものだ。なんかしら、話を聞いた事があるなら、それを手本としてうまく立ち振る舞えたかも知れない。しかし、それがないから、この空気感の処理の仕方がわからずにいた。
「あ、あぁ、そう言う事もありますよ。それより会議続けましょう。だって、部長にも言われてるんでしょ、締め切り。だから、早く。」
久保が先導してくれた。彼はホワイトボードに書いておいた内容を、意味もなく消し始め、次に何か書けるようにと準備を始めた。
「あ、久保!それ、まだ消しちゃダメだろ!」
鈴木が言った。まだ、固まっていない新企画の内容。確かに消してはダメなモノだった。
「あ、あぁ・・・。どうしよう・・・」
「もう、しかたない。きっと、あのままやってたって、いい企画じゃなかったさ。もう一度、考え直してみよう。」
事の発端は、僕の発言。久保を責めるわけにはいかない。それは鈴木もわかっていた。わかっていたから、叫んだ後、意味もなく大きな声で笑ってみせた。
そして、僕は思うのだ。いかに自分が情けない存在かと。
< 62 / 89 >

この作品をシェア

pagetop