日常的幸福論~もうひとつの話~
彼はビシッとした黒のスーツに白のストライプ柄のグレイのYシャツ、それから黒の細身のネクタイにはゴールドのネクタイピンが輝いている。
ドラマのために金色に染めた髪は傷み知らずにサラサラ。
全てが完璧に整っている彼がなぜあたしみたいな小娘とのお見合いを了承したのかが不思議で仕方ない。
「うちの娘は少し人見知りする子でね。一緒に話してればそのうち慣れてくると思うわ」
「人見知り、ですか?沙依さんは可愛らしいですね。そんな緊張しないでください」
「飛鳥。私たちはもう仕事に戻るから沙依のこと、よろしくね」
お母さんがそう言うとお父さんと一緒に椿の間を後にした。
「そっ!もっ!ちょっ!いっ!」
そんなっ!!!もうちょっと一緒にいてよ!!!と言いたかったけどセリフにならず単語ばかりが口から出る。
お父さんとお母さんが出ていった扉を見つめていると、背後からカチッと音がした。
その音の方を見ると、目には信じられない光景が飛び込んできた。
まさかと思って目を2度3度とパチパチさせてみたけど、やっぱり状況は一緒。
「何?あんたも座れば?」
煙草を吸いながらソファーには足を開いてドカリと座りネクタイを緩めているその姿。
「幻滅しちゃった?幻滅されても構わないけど俺と結婚を前提に付き合ってもらう」
「なんで、ですか?」
「夢を叶えるために。どうしてもあんたのとこの事務所に移籍したい。だから、あんたが欲しい」
力強い眼差しで見つめられて、あたしはボォっと顔を火照させながら無意識に頷いた。