珈琲時間
12/15「満員電車を見過ごして」
 駅のホームで、電車が止まる。
 わらわらと人が乗り込み、ブザーが鳴って、ドアが閉まる。その様子は、さながら期末テスト前のわたしの頭みたいだ。詰め込む場所などないのに、無理やり押し込んで、当日をとりあえず迎える。次こそはと思うのに、何度も繰り返される不思議。

 「乗らないの?」
 
 声をかけてきたのは、紺色のブレザーを着た男子学生。
 既に出発した電車を指差して、ホームに置かれた椅子に腰掛けたわたしを覗き込む。
 「宮本くん」
 その顔には見覚えがあった。
 わたしが今着ている制服と同じ学校の制服を着ている彼は、去年クラス委員だった元クラスメイトだ。
 「具合が悪いなら、ここで座ってないで帰った方がいいと思うんだけど」
 心配そうに曇らせた顔を見て、申し訳ない気分になる。もしかしたら、この人はわたしのせいで一本電車を遅らせてしまったんじゃないか。
 「え? あ、ううん、違うの……わたし、満員電車が嫌いで……」

 満員電車の空気は、いつまで経っても慣れることのできない朝のけだるさが漂っていて。その雰囲気と香水や整髪料の入り混じった匂いも苦手で、いつもはもう何本か早めの電車で学校に向かうのだ。
 それが、今日は寝坊をしてこの時間になってしまった。
 我慢して乗ったところで、気分が悪くなってもしょうがないし、と遅刻覚悟で空いた電車を待っているだけだったのに。
 「あ、そっか。それで椎名っていつも朝早いんだ」
 「……うん。だから、気分が悪いとかそういうんじゃないの。ごめんね。電車行っちゃったし」

 わたしが何を気にしてるのかがわかったのだろう。宮本くんはああ、と頷くと、気にしないでいいよ言うように手を振った。
 「本音を言えば、あんなに混んだ電車に乗ってまで向かう価値が学校にあるとは思わないし。数回の遅刻ぐらいどうってことないって。学生にもあってもいいと思わん? 最終学年は重役出勤。とかって」
 次の電車が来るまで、まだ数分ある。
 隣の空いた席に腰掛けて、宮本くんは止まらずに通り過ぎ電車を眺めている。
 「……遅れるついでに、重役出勤しようかと思ってるんだけど」
 人の少なくならないホームで、そんなことを口にする。
 おそるおそる、隣を見やると、面白そうな顔で、にやりと笑う顔が目に入った。

 「どうせだったら、学校さぼってしまおうか?」

●目的地への道のりで、体力気力消耗。満員じゃなくてもだから、どうよ自分? と思ってしまう。
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