魔王と王女の物語
それからのラスに対する魔王の甲斐甲斐しさは…類を見ないものだった。


「チビ、なんか食いたいもんないか?」


「お腹減ってないもん」


「チビ、腹が冷えないように俺が抱っこしてやるし。さあ来い!」


「お腹冷えてないし1人で寝れるもんっ」


…どうやらラスがコハクを意識し始めたらしく、色ぼけ魔王が今まで下心ありきでやってきた数々の暴挙は悉く却下されていき…


地団駄を踏んでいた。


「なんだよチビ!ちょっとは触らせろよ!」


「やだ!コーに触られると…なんか変になるからっ」


ささっと逃げられてリロイの背中に逃げ込み、魔王の赤い瞳がすっと細くなる。


「ラスがいやがってるだろ」


――意識してもらえたことは嬉しいのだが…ラスを触れなくなったのは、大問題だ。

魔王にとっては一種の死活問題で、時々リロイの背中から盗み見しているラスに手を伸ばして誘いをかける。


「水場まで連れてってやるよ。喉渇いただろ?」


「リロイと行くからいいもん」


むかっ。


よりによって1番出されたくない名前がさっきから連呼されていて、ひゅっと指を振ってリロイを動けなくすると、無理矢理ラスを抱っこして歩き出した。


「やだ、コー!ティアラ…っ」


助けを求められて魔王のマントを引っ張ろうとしたのだが…

瞳が合った魔王の瞳は触れると切れそうな瞳をしていて、伸ばした手が固まってしまう。


「ちょっと話があるから聞けよ」


「やだコー、赤ちゃんが出来ちゃうっ!」


…ぴたりと脚が止まった。


「え?今何っつった?」


「触られると赤ちゃんできちゃう!だから離してっ」


何が何だかわからないままラスを下ろすと、もじもじしながら少しずつ遠ざかって行く。


「ガキができるようなこと…まだなんもしてねえじゃん」


「し、してるよっ。触られると赤ちゃんできるんでしょっ?だから駄目!」


…ものすごーく根本的な所から教えなければいけないらしく、性根を据えた魔王はその場にラスを座らせて目の前に座った。


「それは違う。あのな…」


…ラスをどうこうできるのはまだまだ先のようだ。
< 181 / 392 >

この作品をシェア

pagetop