魔王と王女の物語
俯いて走っているうちに誰かとぶつかってよろけて転んだラスに慌ててしゃがんだのは、リロイだった。


「ラス!?大丈夫!?」


「…うん」


そう言いつつも膝小僧は赤く擦り剝けて血が出ていて、

リロイが抱き上げるとティアラは目を真っ赤にさせていたラスの様子がおかしいことに気が付いて小刻みに震えている肩に触れた。


「ラス…?どうしたの?」


「…なんでもないよ。ちょっと…痛いだけ」


…心が。


――魔法で治療を、とも思ったが、自分が勝手なことをすると魔王から血相を変えて怒られるに決まっているので、

それを想像してつい笑ってしまったティアラは患部を綺麗な水で洗い流そうとしたのだが…


家の中からラスを追って出てきたコハクが早速赤い瞳を細めて近付いてきて、いつもならコハクに抱っこをせがむラスはリロイの首に腕を回してぎゅっと抱き着いた。


「…おいチビ、どういうことだよ」


「…リロイ…ティアラ、私の脚…治してくれる?」


「まずは傷口を洗おう。ティアラ王女はその後魔法で治療をお願いします」


「わかりました」


――絶対的にラスを独占したいコハクはその光景を見て神経が尖り、細い腰に手をあてると横柄な態度でリロイに手を差し出した。


「それは俺のだから返せよ」


「ラスが嫌がってるから駄目だ。ラス、少し沁みると思うけど我慢してね」


――全くといっていいほど目を合せようとしないラスに対していらいらしながら腕を組んでしばらく待っていたが、顔を上げない。

我が儘な魔王はしびれを切らして歩み寄ると、傷口を綺麗に洗い流してティアラの治癒の魔法を受けようとしていたラスの腕を掴んだ。


「チビ、俺の目を見ろって」


「やっ。1人になりたいの!1人にさせて!」


首を強く振って金の髪が散らばり、ラスの表情が少し見えた。


目を真っ赤にして必死に何かを耐えているラスの話を聞きたくて仕方がなかったが、自分にも後ろめたいことがある。


だからコハクは無理強いをせず、舌打ちをしながらその場を離れた。


「ラス…」


「みんな…今日は一緒に居て、お願い」


あの家に、入りたくない。
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