魔王と王女の物語
…ショックだった。

自分の師匠として常に遥か前を行って追いつけなかったローズマリーから追い出されるなんて――


だが今も顔を上げてくれず、笑いかけてもらえず…

元々説得など絶対にしないコハクが説得したにも関わらず、もうローズマリーの中では…全て、終わっていた。

自分との関係も、何もかも――


「…薬…ちゃんと飲めよ。あと結界も張ってくから誰もここには入らせねえ」


「そんなことしなくていいわ。水晶の魔力の弱い抜け道を知ってるの」


「俺は俺の好きなようにする。…あと1時間だけ猶予をくれ。いいか?」


「…どうぞお好きなように」


――特別な関係になってから2階の出入りは自由になっていた。

コハクも別れの決意をして2階へ上がると、棚にずらりと並んだ薬草が入った瓶を幾つも取り出して、

自分が居なくなって発作が起きたとしても、ずっと長い間薬が切れることのない量を黙々と作った。

約束の1時間が経つと1階へ降りてソファに座ったまま動かないローズマリーの前に立った。


「じゃあ出て行く。…今まで世話になったな」


「元気でね。悪い噂を耳にしないことを願っているわ。あなたの無限の力を正しく使えますように」


「俺は好きなように生きる」


――背を向けた時――


背中にふわりとかけられたものの温かさに、コハクは肩越しに振り返った。


「魔法使いらしくないけど、これは私からの最後のプレゼントよ。あなたの髪の色に合わせたの。大切に使ってね」


「…ローズマリー…」


真っ黒なマント。

ちゃんと背丈に合わせて作られていて、ふいに唇が震えてしまったコハクは…家を飛び出した。


肩で息をついて気を静めようとする中、窓から見えたのは…
ローズマリーが声を上げて泣く姿だった。


「…っくしょ…」


結局、あの女を完全に支配することはできなかったのだ。

永遠を懸けても、無理だろう。


だからコハクは、発った。


そしてその後カイから倒されるまで――


秘密裏に定期的にローズマリーと暮らした家の前に、植物の種や珍しい薬草、食料を置いて、ローズマリーを支えた。


恩に報いるために。
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