魔王と王女の物語
宿から出て来たティアラは、ラスから見ても少し様子が違った。


いつもより雰囲気が違う気がしてコハクの耳元でこそっと囁いた。


「コー、リロイとティアラ…なんか違う。どうしたの?」


「へえ、チビもそういうの気付くようになってきたんだ?ほら、グラースと村を見て回って来いよ」


ラスを下ろすと瞳を輝かせてグラースと手を繋いで散策をはじめた。

ちょっとめらっとしながらも、腕を組んでドアに寄りかかっていたリロイの腰に下がっている剣を眺めながら腰に手をあてた。


「この野郎…やりやがったな。…ああ、ヤったのはそれだけじゃねえか」


「…何が言いたいんだ」


「ボインに手を出したんだろ?」


どうやら言い当てたらしく、ティアラとリロイが顔面蒼白になり、そういうことに鼻の利く魔王は無邪気に笑った。


「やっぱりか。ふうん、ボインはこっち側だと思ってたんだけどなー。男にかまけて魔法を正しくないことに使ったか。母ちゃんが悲しむぜ」


「…っ、私だって…私だってこんなこと…したくなかった!」


「もう遅ぇよ。どうだ、ボインはどんなだった?」


いともたやすくリロイの間合いに入り込んで上体を傾けながら囁くと、後ろめたいことのあるリロイは唇をかみしめて、柄に手をかけた。


「お前を倒すためならなんでもやる。今ここでやってやろうか?この剣でお前を…」


「この村を壊す気か?それにさあ、俺はようやくチビと両想いになれたんだから死んだらチビが悲しむし、だから…お前を全力で粉々にするぞ」


赤い瞳が明るく狂気的に輝き、ティアラがその場で両手を覆って泣き崩れた。


「好きな男に抱かれたんだろ、泣くんじゃねえよ。あ、間違えた。鳴いたんだったな」


「…ラスに言うのか?」


ラスを追って歩き出したコハクの背中に、リロイが張りつめた声を上げた。


…知られたくないのなら、そんなことをしなければいいのに――


そう思ったが、ラスはリロイのことを“兄”のように慕っていると言えど…ティアラとこうなったことに複雑な想いを抱くだろう。


だから、言わない。


「言わねえよ」


「…」


リロイの身を後悔が襲っていた。
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