魔王と王女の物語
「俺の天使ちゃーん」


――花壇の隅で膝を抱えてうずくまっていると、コハクの猫なで声が聴こえた。

呼ばれてもラスは顔を上げず声も上げず…瞳を真っ赤にして唇を震わせていた。


「みーつけた」


「…コー、すっごくにこにこしてる。私の影から居なくなるのがそんなに嬉しいの?」


16年間共に在ったコハク――

影から出て行ってほしいと思ったことなんて、今まで1度もなかったのに。

どうしてこの男は嬉しそうに笑っているのか?


「そりゃ嬉しいに決まってんじゃん。影のままだとチビに色々できねえし」


「色々って…なに?」


「言ったら楽しみが減るだろが。チビの影で居れて嬉しかったけど、本体に戻った俺を見たら驚くぞー」


長い腕を伸ばして抱き上げられるとすぐそこのコハクの赤い瞳は限りなく優しく、自分を宥めようとしているだけではないのがわかった。


…ただ本当に悲しい。

寝ている時も起きている時も傍に居てくれたコハクが――



「ほら、ここは寒いし中に入ろうぜ。チビ…俺は俺がかけた呪いから解き放たれたい。そしてお前を…抱きたい」


「今でも抱っこしてるでしょ。コーの馬鹿…でも…いつも私の我が儘聞いてくれてたから今回は私がコーの我が儘…聞いてあげる」



本当はとてもいやだけれど、仕方がない。

“呪い”などに縛り付けていたくはない。


抱っこされつつさりげなくお尻を撫でられつつ子供のように首に腕を回してしがみつくと、魔王はラスの耳にキスをして囁きかけた。



「サンキュ。チビ…一生俺と一緒に居てくれ。何度だってプロポーズする。チビを泣かせたりしない。…あ、違う意味では鳴かせたいんだけど」


「…コー、最初はすっごく感動したのに最後は意味わかんない…。私はもう子供じゃないし泣かないんだから!」


「いーや、鳴くね!ぜってぇ鳴かせてやる!」



色ぼけ魔王と鈍感王女の言い合いは城内に入るまで続いた。


――中はアーチ状になっていて、まるで教会のようだ。


ここで何を祈っていたのか。

何を想っていたのか――


待ち受けるは、白騎士の洗礼。

戦いの、幕開け。

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