魔王と王女の物語
ペースは完全にコハクが支配していた。

リロイの身体には徐々に朱線が走り、床には血が飛び散り、時に2人の脚をスリップさせている。

…こんなことになるなんて、という思いは今でもあったが、


リロイが倒れる姿も――

コハクが倒れる姿も――ラスには想像できなかった。


「あんなに血が…リロイ…!」


「ちっ。なんで小僧の心配すんだよ」


舌打ちしたコハクが右手で剣を剣で受け止めつつ左手をリロイの顔に翳した。

魔法を使われるのでは、と危険を感じたリロイが後方へ飛ぶと、コハクの瞳には徐々に凄味が増している色を浮かべつつも余裕は失わない。


「まだやんのか?出血多量で死ぬぜ」


「うるさい!僕は諦めない!お前なんか…お前のような化け物の花嫁になんか…!」


――化け物。


幼い頃近くの村の子供たちから言われた純粋な心の声。

他人から言われても堪えることはないが、リロイから言われると…それは意外と効果的で、苦笑が濃くなった。


「化け物ね」


「コー!コーは化け物なんかじゃないよ!」


「おう、俺の天使ちゃん、ありがとな」


リロイの鎧を貫通してわき腹を傷つけた箇所からどんどん出血して床に血だまりを作っていた。


ラスはその光景が耐えられない、というように顔を伏せて…棺に抱き着いていた。


ラスの幼馴染のリロイ…


想像できないだろう。

この男がこの世から居なくなることが。


想像できるか?

俺がこの世から居なくなることが。


「…」


「どうした影…勢いがなくなってきたぞ!」


考え事をしていて油断したコハクに猛追をかけたリロイが下段から上段へと剣を振り上げると、コハクの少し長い髪を削った。


リロイに比べれば無傷に等しいが…


眉根を振り絞って肩を震わせるラスを、見ていられなくなった。



「…やーめた」


「!?」


「コー!?」」



――コハクが剣をだらりと下ろした。


全員が瞳を見張り、魔王と呼ばれる男は…両腕を広げた。



「やれよ」



自身の命を、投げ出す。

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