spiral
「ダメ!ない!」
一人で自分だけの妄想の世界へ、って感じになってしまう。
ママが大人にしてくれた。だから凌平さんじゃないけど、あたしも心のどこかで拒みそう。
本当に好きな人が出来たら、そんなこともあるんだろうとは思うけど。
「マナ?ねぇ、ちょっと」
「きゃーっ、ダメ!無理、許されないもん」
頭の中でいろんなことが浮かんでは、あたしを刺激する。頭があっつい。
「……マナ?」
肩を掴まれたんだって気づくまでしばらくかかった。
「み、みないでっ」
頭の中が見えるはずもないのに、そんなことを叫んでしまった。その瞬間、
「ぷっ……。くっくっく、あははははっ。なんだよ、それって。あっはっは」
大笑いする凌平さん。
「え?なんで笑ってるの?」
肩に手を置かれたままで、逆に拍子抜けした。
「だ、だってさー、何が頭ん中にあるのか見たいよ。そんなにパニック起こすなんて」
違う!凌平さんはそういう対象じゃない。違う。
「違うもん、そういうんじゃないし。あの、ほら、あたしってもうママに」
慌てて早口でまくしたてると、肩にあった凌平さんの手が背中に回って抱きしめられた。
「あのね、マナ」
ゆっくりとした口調。そのトーンに、心音もすこしずつ穏やかになっていくよう。
「マナさ、自分の母親に傷つけられたっていう負い目があるの分かる。でもね」
ゆっくり、本当にゆっくりと話す。
「マナに傷があるように、俺にもお袋のことや家のことで傷がある。そして、きっとナオトにだって」
なんでかな、心にスッと言葉が入り込むんだ。
「目の前で亡くなった幸せな家族の形。残された自分とオヤジさんの幸せを探すまでの長い時間。それは十分に傷だよ」
コクンと小さく頷くと、かすかに息を吐いたのが聞こえた。まるで安心したみたいな。
「誰にだって傷はある。大小だったり、深さが違っててもね。だから、そればかりを気にする必要はないんじゃないかな」
「誰にでも……」
「そう。マナにも、俺にも」
シンと静かになった。
賑やかになった頭の中は、すっかり大人しくなった。今は、ただ考えている。
「過去の痛みを知っても、それでも誰かを好きになることって出来るのかな」
素朴な疑問。
それはあたしだけのことじゃなく、ママのことも。
(伊東さんはママの過去の悲しい話を知ってるのかな?知っててそばにいるのかな)
もしも、の話。DVが疑われたとすれば……。
「俺は好き。マナの過去も今も全部ね」
呆れちゃうような告白。
「なんでそんなに想えるのか、わかんないです」
まるで他人事のように聞き返す。
「いいもん。いつか気持ちは通じるって信じとくから」
あっけらかんとした言い草の凌平さんを、心のどこかで気にせずにはいられないあたしを知る。