spiral
コーヒーを飲み、心さんと凌平さんに見送られて出かける。
ただ、出かける間際に、「耐えきれなくなったら、電話しておいで」と凌平さんが囁いてくれた。
バッグに入れた凌平さんの携帯。それを思い浮かべた。
小さな声で「はい」と返す。
「凌平なんだって?」
「う……うん、気をつけてねって」
ごまかすの下手だ、あたしって。ばれないかな。
「そっか」
「うん」
あ、意外と大丈夫だったかも。でも、今からこんなんでどうしよう。
「ほら、オヤジが来たぞ」
車に乗り込み、ふぅと息を吐く。
「マナちゃん、久しぶりだね」
「あ、はい。こんにちは」
どうしても他人行儀になってしまう。そうならないようにと思ってても、妙に緊張しちゃうんだよね。
「月命日って言っても、あまり気にしないでね。みんなで手を合わせて、それでおしまいだし。前の奥さんの家族が来るけど、挨拶だけしてくれればいいから」
「あ、はい」
そっか。前の奥さんの親とか兄弟もいるよね。うん。
「……あの、ママ、は」
聞かなきゃって思った。前の奥さんの命日だなんて出ないのかな?ママは。
「香代さんかい?うん、家で寝てるよ」
「寝て?」
「うん、寝てるよ。ちょっと具合が悪くてね」
「そうなんだ」
それ以上どう聞けばいいのかわからなくなった。聞きすぎても不自然だし。
「香代さんが出れない代わりに、マナちゃんがいてくれるだろう?それで十分だよ」
お兄ちゃんは一切話に入ってこない。それが逆に怖くて、あたしは携帯が入ってるバッグを抱きしめた。
「ほら、着いたよ」
「ここ?」
「そっか。マナは、初めてだっけ」
一回も来たことがない、あたしが本当は帰るはずの場所。
お兄ちゃんと伊東さんのおうち。
金属の門がついてて、まっ白い壁。視線を上げると屋根は赤かった。
「ほら、入って」
伊東さんが門に続いてドアを開けてくれた。
「おじゃまします」と入ったら、「違うよ」という伊東さん。
「ここは、マナちゃんの家でもあるんだから。ただいまでいいよ」
その言葉に胸があったかくなった。やっぱり違うのかな、気のせいだよって思いたくなる。
凌平さんが目の前にいたら、そう話しかけてる。
「じゃ」
「うん、いってごらん」
「た、ただいま」
妙に緊張する。胸を押さえながら一言発しただけなのに。
「うん、おかえり。マナちゃん」
床をすこし軋ませながら入っていく。リビングには数人のお客さん。
「おはようございます」
まずはちゃんと挨拶だと思って、きっちり頭を下げる。