spiral
(デモ、チガウ)
「じゃあ、ママは?ママと伊東さんは家族ですか?」
胸の奥の気持ちを端っこから崩すように吐き出していく。
とても怖い。返事によっては、凌平さんの予想に当てはまってしまうもの。
「ママの過去の悲しみを知ってますか」
怖い。心臓が早鐘を打っているようなのに、背中だけが寒くてたまらない。
ピクンと伊東さんの眉が上がった気がした。本当に一瞬だ。それをあたしは、気づいてしまった。
「……マナちゃん」
トーンを落とした伊東さんの声、初めて聞くんじゃないだろうか。
「は、はい」
テーブルの下の手を持っていき、服の裾をギュッと握る。手が震えている。
「じゃあ、香代さんは?香代さんはマナちゃんの悲しみを知ってるのかな」
薄く開いた目。無表情に近いもの。
「知ってても、知らないふりをするのは善?悪?」
善と悪。その言葉を用いただけで、ゾクッとする。呼吸が乱れそうになる。
(凌平、さん)
心の中で名前を呼ぶ。どうしてかな。味方だって言ってくれたから?
「……血を分けあった娘を簡単に傷つけられる生き物は、人じゃない。俺はそう思う」
俺という、意志の強そうな呼び方。それは伊東さんの意志がそのまま表れているようで。
「で、でも!あたしは、今でも」
ママが好きだと言いかけたのにかぶせて、伊東さんがこういった。
「望はね、生きたかったのに、死んだんだ。一臣もやりたいことが見つかったばかりだったのに、いなくなってしまった。その意味はわかるかい?」
望さん?前の奥さんかな。まるでその時を思い出しているような表情。
あたしも記憶を紐解く。アキが空へと旅立ったその時の記憶を。
「その意味をわかりもせず、簡単に人に死ねと言える人はおかしいと思わないかい」
それは、あたしの傷だ。そうやって思ってくれるのは嬉しい。でも手放しで喜べない。
「痛みは感じた人間じゃなきゃ知り得ない。わからないのなら、教えてあげればいい。俺はそう思うんだ」
伊東さんが話しているのは、どう考えてもママのことだ。でも、変だよね。
(ママは伊東さんがあたしの住んでる場所とか進学した高校とか教えたって)
ママのたった一言で、あたしはずっと伊東さんを信じ切れずにきてしまった。
「お兄ちゃん」
俯き、テーブルを見据えながら問う。
「嘘、ついてた?ママ、普通って言ってたの」
さっきから黙ったままのお兄ちゃん。お兄ちゃんの言葉がほしい。答えてほしい。
カチャンと静かにカップがソーサーに置かれた。そして、ポツリと呟く。
「俺が嘘つくはずないだろ」
それだけ。信じていいのか試されてるの?
「お兄……ちゃ、ん」