spiral
「やだ!」
ママの体温が触れた。その瞬間で、痛い記憶がよみがえる。
「ママのいうこと聞くんじゃなかったの?」
平手がブンと音を立てて、来る!と思って身構えた刹那「あ……」というママの声。
(あれ?叩かれない?)
そっと目を開けると、手を上げたままで首だけ伊東さんに向いてるママの姿。
「それで、その手をどうする?」
伊東さんは淡々と聞いている。ママはみるみる青ざめていく。
その関係を見て、やっぱりと思いたくもなる。
「マナちゃん、こっちにおいで」
その呼びかけに行っていいのか迷う。
「香代さん、離しなさい」
伊東さんのその短い言葉で、あっさりと離れていったママの手。手首には、薄く紅い手の痕。
「香代さん、おはようは?」
低く静かなその声が、たまらなく怖い。
「おはよ、う」
それだけ口にして、俯くママ。俯いたまま、チラリとあたしを盗み見た。
(……ママ)
見たことがないママ。こんな小さくなってるママを、どんな気持ちで見ていればいいのか。
「マナちゃんだよ、会いたかったかい?」
そう問われたママは、ただ黙ってた。
「マナちゃん、ママに会いたかったんだよね」
そしてあたしにも質問を投げかける。「はい」と返すと、「わかったよ」と言う。
あたしが答えた瞬間、ママは盗み見ながらあたしを睨んでた。
前髪の隙間から見えた、ママの目。とても怖かった。冷たくて、憎むような視線。
切なくて、胸の前で手のひらで心臓のあたりを押さえる。
(どうして一番に気持ちを伝えたい人には、伝わらないの?)
そんな思いで見下ろしたママ。そのなんとも言えない空気が、一変した。
「顔を上げたらどうかな」
伊東さんがいつの間にかママの横に立ってて、髪を鷲掴みしてる。
ギョッとするとでもいうのだろうか。飲み込む唾すら、一瞬で消えた感覚。
「痛ぁい!」
大きなママの声。ギュッと掴まれた髪をそのままに、数回左右に振る。
「聞こえているのかどうか、返事がほしいね」
無理矢理上げられたママの顔。それが悲しげに伊東さんを見ているのに、あたしと視線が合うと露骨に表情が変わる。
「君は母親だろう?ちゃんと娘をみてあげることは出来ないのかな」
「伊東さん!」
かなり痛いのだろう、ママの顔が苦痛に歪む。