spiral
「やめて」
伊東さんの腕をつかむ。両腕を使って押さえようとしてるのに、なんでもないかのよう。
「マナちゃん。人が感じる痛みにはいろんな痛みの種類があってね、ひとつしか知らない人には教えてあげなきゃいけない時があるんだよ」
「いたたたっ」
歯を食いしばるように痛みをこらえてるママの姿を、ただ見せられている。
「誰かが教えるのは違うと思います!だから、伊東さん」
どういえばママを許してもらえるの?離してもらえるの?
「そうかい?」
お手上げのポーズでパッとママから手を離した。
その瞬間、ママに顔を寄せて「大丈夫?ママ」と声をかけた。
肩に手を伸ばそうとした。
「やめてよ」
パシンと乾いた音がして、あたしの手は弾かれる。
この場においても拒絶される、あたしの存在。
「あんたが余計なことさえしなきゃ、あたしの人生は順調だったのに」
見据えながら一気にまくしたてるママ。
「あたし、何もしてない」
それ以上にも以下にも言いようがない。
「あの場所からどうやって帰ってきたのよ。もう会うことはないって喜んでたのに」
喜んでた?あたしに会えなくなるって?
「い、今までだって会わなかったよ」
そう、それが事実。あたしはママにほったらかしにされてた。
「そうじゃないわよ。あんたがどこかにいるのが嫌だったの」
「どこか」
生きてればどこかにいる。それすら?
「そんな言い草が通じると思っているのか。……まったく、どうすれば更生するんだ」
ゾクッとする。背後から伊東さんがママの襟を、まるで猫でもつかむように持ち上げる。
「やだ、やめて」
「やめて、伊東さん」
ママの声とあたしの声が重なる。ママの声に似た高さになった自分。
「……うっ」
それに気づいた嬉しさと悲しみ。嬉しいのはあたしだけ。ママは望んでいない、あたしの成長。
涙が溢れる。本当に望まれていない愛情は、受け取ってもらうどころか視界にすら入れてもらえないんだ。
「俺にはあんなにいい母親面しておいて、俺を騙して。実の娘の命を蔑ろにして」
「騙してなんか」
伊東さんは明らかに怒っている。あたしのことで怒ってくれている。
いろんな感情が複雑に混ざり合っていく。どの感情を優先させればいいのか混乱する。
「でも」
短くつぶやき、あたしは動いていた。
パシンと伊東さんの手首を叩き、ママを放してもらうために。
「は、放してください。……お願い」
自分のためにしてくれている行動を止めるということ。