spiral

「あんたの欲求を満たしてやるのは、ごめんだわ」

「そ……っ」

それは違うといいかけ、言葉が出てこないまま唇を噛んだ。

あたしの背後にいたママが、またベッドの方へと戻っていく。

「香代さん」

そうママを呼んだ伊東さんへ、ニッコリと微笑みを浮かべながら「一馬さん」と返す。

「あたしの生活を護ってくれるってプロポーズしてくれたもの、一馬さんは」

本当に嬉しそうに笑うママ。ママの頭の中には、あの頃の生活との天秤でもあるの?

「そうでしょ?」

ママがニッコリと微笑んだままそう聞けば、伊東さんは「まあな」とだけ返す。

「マナちゃん、僕とちょっと話をしないかな」

ママを置いて、部屋を出ようということ。

あたしの背中にそっと手を添えて、ドアの方へと誘った。

「ママ……」

顔だけ振り向き呼んでも、「あんたは疫病神なのよ」と辛らつな言葉だけが返ってきた。

部屋を出る時、お兄ちゃんが少し前を歩きだしてこういった。

「もう期待する必要ないって」って。

抑揚なく呟かれたその一言は、とても重たくて胸に痛みを与えた。

 
 コーヒー豆を小さな機械で挽いて、その粉を機械にセットしたと思ったらいい香りがしてきた。

「カフェオレの方がいいかな、マナちゃんには」

伊東さんはいつものお父さんの顔。纏うものも、さっきとは違っている。

張りつめた空気がない。思わずホッとした。

「俺、砂糖だけでいいや」

イスに腰かけたまま、動けなくなった。脱力したという感じ。

「ごめんなさい、手伝いしてなくて」

ママがいた部屋から戻ってくるまで、かなり緊張して戻ってきた。

前にはお兄ちゃん、背後から伊東さんがついてきてたのもあったからだと思う。

リビングに戻って、「座れば?」のお兄ちゃんの言葉にストンと落ちるように腰かけた。

それから動けなくなった。足に重りがぶら下がってるような感覚で、どこもかしこもが動かせない。

「いいんだよ、マナちゃんは何もしなくて」

やさしい声、表情。出会ったころと変わらなく思える。

「はい、カフェオレ。それと、マナちゃんが好きなチョコも」

湯気立つカップに口をつければ、心もほどけていく感じが幸せを感じさせる。

(こんなに小さな幸せだって落ちてる。でもママは、幸せだってみえなかった)

さっき会ったママの顔を、言葉を思い出した。

護られた生活。それがママの望みだったんだ。護ることに疲れていたから。

コクンと体に温かいものを入れる。コーヒーの香り。一緒に飲む人がいる。

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