spiral
「俺、部屋に行ってるから」
そういっていなくなってしまった。そんなお兄ちゃんが気にはなるけど、今は伊東さんの話を聞かなきゃダメだ。
「時間になったら呼びに行く」
そう伊東さんが声をかけると、振り向きもせずに手だけ振って廊下へと消えていった。
お兄ちゃんの足音が消えたら、伊東さんが一口コーヒーを飲みまた話し出す。
「マナちゃんは、幸せになりたいかな」
今の話の流れで、その質問って?
不思議に思いながらも、「はい」と返事をする。
「僕だって同じ。過去に悲しいことがあったけど、それでも残った僕は幸せでいなきゃいけない。それが……残された者の義務の一つだから」
義務、か。そういえばとても重く感じられる。そう思うのは、あたしだけ?
「自分が囚われているからといって、実の娘を傷つけていいか。……答えは、否。命は、別物だよ」
それは大事な家族を失った過去を持つ伊東さんだから言える言葉なのかも。
「死はね、軽んじていいはずがない」
重みのある言葉。伊東さんは仏間がある方向へと視線を向けた。きっと二人を想ってるんだ。
「だからね、僕は、彼女を傷つけることにした」
「え、っと。何を言って……」
言葉に詰まる。何を宣言しているの?伊東さんは。
どう反応していいのかわからずにいると、伊東さんが立ち上がって、
「おかわり淹れようか」
そう言った。
黙っていると手元にあったカップがなくなって、新しいカフェオレを淹れてまた置いてくれる。
「うん、いい香りだ」
香りを嗅ぎ、うっすら笑みをたたえた。
「あぁ、といっても死なない程度だよ。死ぬことは辛いことだけど、半端な痛みを与えて生かすことの方が苦しいからね」
その言葉で、伊東さんは大人なんだと痛感する。
大人の狡さ。どうすると辛い、苦しい、悲しい。それを知ってるんだ。
「それは、マナちゃん。君も知ってるんじゃないかい。香代さんが君にしたこと。それを思い出してごらん」
拳を口元に持っていき、俯いた。そして考える。
「でもだからって同じことをしても」
考えてやっと返した言葉に、伊東さんが激しく食いつく。
「違うことをしても意味がないだろう?違うかい?マナちゃんは、自分の母親だからというだけで、彼女を甘やかしているだけだ。それが助長しているせいで、もっと苦しくさせられたんじゃないのか」
顔だけ穏やかで、口調は低くて恐怖感すら感じる。