spiral
「伊東さん」
「ん?どうしたのかな」
なんだか伊東さんが挙動不審だ。ものすごく慌ててる。
「マナ?」
「え」
気づいた。あたしを呼び捨てたことに。
(うん、大丈夫だ。冷静に近いよね?)
自分へ確認をして、それからまた口を開く。
「聞きたいんです、あることを」
「どうしたの、急に。そんな顔して」
どんな顔なの?あたし。でもそんなことよりも、早く聞かなきゃ。
じゃなきゃ、気づけないままかもしれない。
「……あの時、家を出てすぐ。ママは家で寝てると言いました。けど、ここに着いてからは、ここにはいないと言いました。結果的に、ここにママはいた。……どうしてそんなことを言ったんですか」
小さな矛盾。
家を出る時。出てここに来てから。とにかくいろんな意味で緊張をしていたあたし。
その矛盾に気づくどころじゃなかった。
もしかしたら、先に聞いたことすら忘れてたんじゃないか。
その答えも、頭から抜けていったんじゃないのかな。それくらい緊張してたんだ。
「そんなこと言ったかな」
今の今まで慌てた顔つきだったのに、ふ……っと色が失せた。
「言いました。というか、言われたことを今、思い出したんです」
「記憶違いじゃないかな」
妙に冷静な顔同士なんだろうな、今のあたしたち。
「マナ……ちゃん」
ああ、呼び方が戻ってる。さっきの俺と僕。この、呼び捨てとちゃん付け。
その差は、伊東さんの中のどんな感情からなの?
うん。冷静。うん。大丈夫。ちゃんと納得いくまで話をしよう。
今まで伊東さんと深く関わることを避けてきた分、ちゃんと向き合おう。
「なにかに揺れてるみたいに思ったとかいったら、子供が偉そうだとか思われちゃうのかな。……お父さん」
意を決して呼んでみる、ちゃんとお父さんって。家族として向き合いたいって思ったから。
でも、心臓が早鐘を打つように鳴り続けてる。
「……マナ、ちゃん」
古い時計の秒針がカチコチ鳴る。あたしの心音よりも緩やかに。
それはまるで、急かすことなく時間がながれていくから大丈夫と暗示を受けてるよう。
思わず願った。あたしたちの時間も急ぐことなく、でも確実に一緒に流れていけますようにと。
「気のせいだよ」
伊東さんが、ううん。お父さんがあたしから顔を背けた。逃げてる証拠だ。
「お父さん。あたし、ちゃんと家族になれるならなりたい」
そして、嫌な感覚を消したくて問う。