spiral
「お父さんの心は、大丈夫なのかなって。……心配なんです」
揺らぐということ。それは、葛藤するということ。
「お兄ちゃんほどじゃなくても、まだ癒えてないんじゃないかって」
背けられた顔。椅子から立ち上がり、テーブルを跨ぐようにその頬に手を伸ばす。
触れて、拒まれないことを祈りつつ。
爪が触れた。それから、指先。躊躇いながらも、指先からもっと先。指の腹、そして手のひら。
スローモーションのように、お父さんの顔に触れていく。触れた頬はひんやりとしてた。
「……マナ」
まだ顔を背けたまま、お父さんがあたしの手に、自分の手のひらを重ねて目を閉じる。
また時間が止まったように静かになる。
今度はそれを無理矢理破るようなことはしない。待たなきゃって思った。急かすなって。
「いっそ」
自分の心音が穏やかになった頃、お父さんがトーンを落として呟き出す。
「諦められたらいいのに。アレもコレも、ナニモカモ」
お父さんが諦められないナニカ。
きっといろんなナニカがあるんだろうなって勝手に思う。だって、どれが正解かなんて、お父さんにしかわからないんだもの。
「でも」
そう言いかけ、長い長い息を吐くお父さん。あたしは待つことしかできない。
「……人間って、欲深いんだよ。マナ」
苦しげに顔を歪めて、それからあたしの方に顔を向けた。
「なんでも諦められないから、諦めたくないから苦しいんだよな」
本当に辛そうなのに、それでも笑うんだ。
「お父さん。辛かったら笑わなくてもいいんだと思います。泣いても、いいって」
ほんのちょっとでもいい。お父さんを辛さから楽にさせてあげられたなら……。
頬の手を離して、そのまま腕をお父さんの首に向けた。
力なく回した腕。背伸びをして、そっと抱きしめる。
あたしの気持ちがわかったのか、お父さんはすこし身をかがめた。あたしが抱きしめやすいように。
高さが近くなった分、力を込めてみた。
きっとこうやってお父さんを抱きしめてくれる人はいなかったはず。
ママも甘えたい方の人。お兄ちゃんだって、まだ護ってもらう側。そして、あたしも。
「泣いて、いいんだろうか」
躊躇う声。あたしを抱きしめ返す腕は、あたしよりも逞しいはずなのに、とても力なく感じられる。
「……いいと思う」
そう呟きを返した時、お父さんの体が震えた。
心を込める。自分が触れているすべての場所から思いが伝わることを祈る。