spiral
廊下から物音がした。二人同時に体を離す。
「オヤジ、俺もう帰る」
お兄ちゃんが下りてきた。お兄ちゃんは、浮かない顔をしてた。
「お兄ちゃん」
声をかけるけど、お兄ちゃんは目を合わせてくれない。どうして?
「帰ろう」
それだけ言って、あたしの頭に手をポンと一回置いただけで玄関へと消えた。
「じゃあ、送っていこう」
お父さんがそれに続く。あたしはその背中を追った。
玄関でお兄ちゃんが一度だけ、あたしとお父さんを振り返った。
ただ黙って、こっちを本当にみてるのかわからないほどの角度で。
あたしたちが視界に入ってるのか、イマイチつかみにくい角度だった。
「お兄ちゃん?」
呼んでも、フイッと玄関から出て行ってしまう。返事もしてくれない。
「お兄ちゃん……」
態度の急変に、心が追いつかない。戸惑っていると、お父さんが肩に手を置いてくれた。
「大丈夫だよ」
そういってから、「行こう」と続けた。
車に乗ってもお兄ちゃんは黙ってた。どうしていいのかわからないまま、車は家に着いた。
「俺、出かけるから」
「え」
車を降りてすぐに、お兄ちゃんが言った。あたしにじゃなく、お父さんに向かって。
「ナオ、お前はマナと一緒にいてくれないか」
お父さんがそういうと、即答で「平気だろ」という。
「今日、俺がいなくても大丈夫だろ。あの女は家にいる。マナやオヤジが思ってるようなことは起きないさ」
家に入ることなく、そのまま背中を向けて歩き出した。
「お兄ちゃん!」
叫ぶように呼んでも、背中を向けたままで手を小さく振っただけ。
「どうする?お父さんが一緒にいようか」
躊躇いはしたけど、あたしは首を振る。お兄ちゃんが戻ってきてくれるって信じてたから。
「あたし、部屋でお兄ちゃんを待ってます。帰ってくるって思うから、平気」
そう返したら、「何かあったら連絡するんだよ」といって、お父さんは帰って行った。
確かにお兄ちゃんが言うように、ママはあの部屋にいた。
後から聞いた話だと、ママはほとんど家から出ないらしい。出かけるのはお父さんと一緒の時だけ。
「大丈夫だよ。だって、ママはあの家から出ないんだし、お兄ちゃんは帰ってくるもん」
それは自分に言い聞かせてるような言葉。
アキが空に逝ってから、一人にされることが増えた時。同じように自分に言い聞かせた。