spiral
「お兄ちゃんの歌声なんて初めてだ」
上の階で聴こえた歌声。ゆっくりと階段を上がっていくと、その姿があった。
「お」
兄ちゃんといいかけて、体がビクンとなる。お兄ちゃんが腰かけていたのは、手すり。
足を地上へ向けてブラブラさせながら、お兄ちゃんは歌ってた。
「おー、マナか」
普通に話しかけられた。「こっち来いよ」って。
「う、うん」
心臓がバクバクいってる。手が震える。目まいがしそうだ。
「寒いな、今日」
「う、ん」
お兄ちゃんの口から、ハーッと長くて白い息が流れてく。
「雪、降るかな」
「うん」
なんとなく身構えてしまう。お兄ちゃんが落ちそうになったら、すぐにって思うから。
「お前さ」
「う、うん」
「……さっきから、うん、しか言わないのな」
くっくっくっと楽しげに笑うお兄ちゃん。その雰囲気に、あたしは聞いてみる。
「もっとそばに行っても、いい?」って。
あたしがそう話しかけると、「すこし話してからでもいいか」といった。
「う、ん」
一歩進みかけて、進みたい気持ちを押しとどめる。
「きれいだな、ここからの景色」
「……うん」
お兄ちゃんに倣って、一緒に街の景色を眺める。あの時と同じ、点在する灯りがきれいだ。
「お前さ、ここから落ちようとした時、何思ってた?」
「え、あの時?」
「そう、あの時。俺が止める前、何か考えてたか」
聞かれて、ゆっくりと深呼吸をする。あの時のことを思い出してみて、最初に思ったこと。
「迷惑掛けずに死にたいとか、そういうこと」
思い出した最初がそれ。
「お前、死ぬ時までそんな心配かよ」
「だって、落ちるのにも人が途切れるの待っててだったし。巻き込まれたら、その人の人生も終わってしまうよねって思ったんだもん」
あたしが困ったようにそう返すと、お兄ちゃんは大きな声で笑う。
「そんなに笑うことないじゃない」
「だ、だってよ。死んでその後のことなんかどうすることも出来なくなるのに?って思うっての」
まだ笑ってる。こうしている姿は、いつものお兄ちゃんだ。
「まあ、そうやって人に迷惑かけたくないって時間かけてたから、俺が間に合えたんだよな。あの時」
そう言われて「うん」と素直に頷けた。
「あの時のお前、軽くてよ。本当にすこししか力入れてないのに、拍子抜けするくらい吹っ飛んでくるから」
「頭、ぶつけてたね。お兄ちゃん」
「あぁ、あれは痛かった」
ちょっとだけ時間が経った。すこしの勇気を出して、一歩だけ前に出てみる。