spiral

「一度だってない。お前を護れなかったんだ、俺は」

「違う」

かろうじてそう告げると、「違わなくねぇよ」と寂しげな声が返ってくる。

「凌平が、あの女に傷つけられた時に救った。学園祭ん時だって、シンだったろ。俺、お前のこと護ってるっていう充実感ゼロなんだもんよ」

そういったかと思うと、お兄ちゃんは足元を見下ろす。

「この時間って結構人が通るんだな」って呟く。

「あまり明るくないけど、それでも人が通ってるかどうかくらいは見えるもんだな」

うん、も言えなくなった。なにかがお兄ちゃんの背中を押したらって怖くてたまらない。

「お前はもう護られなくても大丈夫だ。俺がいなくても、お前は前に進むだろ。いつも気づけば前向いてる。きっと一番強いのはお前だ」

言葉に出来ないなら、どうすればいい?

もしかしたらあたしが前に進めば、それがスイッチになるかもしれない。前にも後ろにも行けない。

でも、伝えなきゃ。伝えようとしなきゃ、このままでおしまいになるかもしれない。

「シンは、お前に気持ちがあること知ってた。それでもそばにいたいって」

俯いたまま、お兄ちゃんが教えてくれた事実。それは、さっきシンが言ってたこと?

あたしじゃダメなのといった、あの言葉。シンじゃない誰かって、あたし?

「あいつ曰く、シンの心を救ったのは俺。体の関係もあったし、本当にこのまま続いてってもいいかなって思ってたのにな」

さっきのシンの叫びが聞こえてきそうだ。シンとお兄ちゃんを傷つけていたのは、あたし?

「頼みがあるんだ、マナ」

そういい、お兄ちゃんが手すりから踊り場に降りた。その瞬間、力が抜けた。

「お兄ちゃん……」

へたりこんだまま、お兄ちゃんへと腕を伸ばした。あたしが近づくことなくとも、お兄ちゃんが来てくれた。

「死なないよ。人間死ぬつもりでいたら、なんだって出来るし、言える。その勇気が出るかなって、あそこにいたんだ」

「で、でも、死にに来たっていったじゃない」

お兄ちゃんに拳を叩きつける。

「悪かったって。その気なくなったんだから、許せって」

と苦笑いするお兄ちゃん。「で。頼み、聞いてくれるか?」と続けてから、耳元に囁く。

「なに?」

さっき気持ちを聞いたからか、耳に触れそうになってる唇にまで緊張する。

「俺のこと、ナオトって呼んで」

「え?」

ニッコリと笑って、もう一度顔が近付いた。

「もうひとつ」

高めの声が、耳に呼吸ごと入り込む。いつものお兄ちゃんっていう気持ちになれないよ。

「キス、したい」

思わず向けた顔。その頬に、手が添えられた。

< 188 / 221 >

この作品をシェア

pagetop