spiral
「一度だってない。お前を護れなかったんだ、俺は」
「違う」
かろうじてそう告げると、「違わなくねぇよ」と寂しげな声が返ってくる。
「凌平が、あの女に傷つけられた時に救った。学園祭ん時だって、シンだったろ。俺、お前のこと護ってるっていう充実感ゼロなんだもんよ」
そういったかと思うと、お兄ちゃんは足元を見下ろす。
「この時間って結構人が通るんだな」って呟く。
「あまり明るくないけど、それでも人が通ってるかどうかくらいは見えるもんだな」
うん、も言えなくなった。なにかがお兄ちゃんの背中を押したらって怖くてたまらない。
「お前はもう護られなくても大丈夫だ。俺がいなくても、お前は前に進むだろ。いつも気づけば前向いてる。きっと一番強いのはお前だ」
言葉に出来ないなら、どうすればいい?
もしかしたらあたしが前に進めば、それがスイッチになるかもしれない。前にも後ろにも行けない。
でも、伝えなきゃ。伝えようとしなきゃ、このままでおしまいになるかもしれない。
「シンは、お前に気持ちがあること知ってた。それでもそばにいたいって」
俯いたまま、お兄ちゃんが教えてくれた事実。それは、さっきシンが言ってたこと?
あたしじゃダメなのといった、あの言葉。シンじゃない誰かって、あたし?
「あいつ曰く、シンの心を救ったのは俺。体の関係もあったし、本当にこのまま続いてってもいいかなって思ってたのにな」
さっきのシンの叫びが聞こえてきそうだ。シンとお兄ちゃんを傷つけていたのは、あたし?
「頼みがあるんだ、マナ」
そういい、お兄ちゃんが手すりから踊り場に降りた。その瞬間、力が抜けた。
「お兄ちゃん……」
へたりこんだまま、お兄ちゃんへと腕を伸ばした。あたしが近づくことなくとも、お兄ちゃんが来てくれた。
「死なないよ。人間死ぬつもりでいたら、なんだって出来るし、言える。その勇気が出るかなって、あそこにいたんだ」
「で、でも、死にに来たっていったじゃない」
お兄ちゃんに拳を叩きつける。
「悪かったって。その気なくなったんだから、許せって」
と苦笑いするお兄ちゃん。「で。頼み、聞いてくれるか?」と続けてから、耳元に囁く。
「なに?」
さっき気持ちを聞いたからか、耳に触れそうになってる唇にまで緊張する。
「俺のこと、ナオトって呼んで」
「え?」
ニッコリと笑って、もう一度顔が近付いた。
「もうひとつ」
高めの声が、耳に呼吸ごと入り込む。いつものお兄ちゃんっていう気持ちになれないよ。
「キス、したい」
思わず向けた顔。その頬に、手が添えられた。