spiral
「あの時はオヤジがお前をここから抱き上げて、それから俺たち始まっただろ。今日は俺が連れて帰ってやる」
背中を向けているから、表情がみえない。どんな顔で、今の言葉をくれたの?お兄ちゃん。
「あの時より重たいよ、きっと」
「いいから早くしろって。腹減ってんだから」
「あ、うん」
肩に手を乗せると、すこしだけお兄ちゃんが腰を低くした。
「もっと俺に腕絡めろよ」
肩に乗せてた手を前に持っていき「本当に重いからね」といいながら、首に腕を絡めた。
「……っと。マジで重たいし」
とか文句を言い一瞬よろけたものの、そのまま立ち上がった。
「行くぞ、マナ」
「うん」
キュッと抱きつくと「お、胸が当たる」とかふざける。
「降りる!お兄ちゃんいやらしいもん」
ジタバタしながら、非常階段のドアを二人で戻っていく。
「だって当たるんだから、感想くらいいいだろ」
「そんな人の背中に乗っていたくないもん」
「うるせぇな」
ギャアギャアいいながら出てきたあたしたちを見て、シンがよろよろしながら立ちあがった。
「ナオト……マナ……」
ボロボロ泣きながら、お兄ちゃんの胸にくっついて「よかった」とだけ言った。
「帰るぞ、シン。マナが今夜は水炊きだって言ってるから」
そういい歩き出すお兄ちゃんに、「もうちょっと言いようがあるでしょ」とあたしが頭を小突いた。
「しょうがないだろ。空腹で死ぬなんて勘弁だっての」
何度かあたしを背負い直しつつ、階段を降りていく。
「さっき死のうかなとか言ってた人に言って欲しくないセリフよね」
落ち着いたシンが、恨めしげにお兄ちゃんを責めていた。
「よう。おかえり」
凌平さんがそう笑顔で迎えてくれる。
「あれって、なんだ」
お兄ちゃんが指す先に、無数のマット。
「あれ?お前が落ちたらってさ」
凌平さんが遅れた理由はこれだったんだ。でもどこからこんな数のマットを。
「いつ落ちてくるか楽しみにしてたんだけど。……勇気出なかったか?」
凌平さんがからかうと、「違う勇気出しただけだ」と言ってから「な?」とあたしに同意を求める。
「あ、まぁ、うん」
その声があまりにも優しくて、さっきのキスを思い出した。顔を隠すように、お兄ちゃんの肩に顔をくっつけた。
「……どういうことかな、マナ」
「何もないです。ほんとに、何もしてないもん」
聞かれてもいないのに、そう返したのが墓穴だとは気づけないあたし。